本屋にいくと平積みされている本をばーっと見ることが多いのですが、その中でも私がいつも手にとりがちなのは「美味しそうなタイトル」。
同じ食べ物、例えば同じベーカリーだったとしても同じ表現に至ることってあまりないでしょうし、著者の人がいかにして「おなか空いたなぁ」「食べたいなぁ」と思わせてくるかというところが大変読んでいて感じられるのでついつい手にとってしまいます。
そしてその結果、ランチに食べようかなとか帰りに買って帰ろうかなという流れになりやすいです。
今回手にとったのは「縁結びカツサンド」。ポプラ社より発刊された冬森灯さんの初作品小説です。
縁結びカツサンドについて
駒込うらら商店街に佇む、昔ながらのパン屋さん「ベーカリー・コテン」。あんぱん、クリームパン、チョココロネ。見ているだけでほっとするような、そんなお店。
一家で経営してきたコテンの未来を背負うのは、悩める三代目・和久。商店街が寂れる中で、コテンを継ぐべきか。人の悩みに寄り添うパンを焼こうと奮闘する和久が、やがて見つけた答えとは――。
しぼんだ心を幸せでふっくらさせる、とびきりあったかな“縁”の物語。
(公式ホームページにて引用)
本作はポプラ社が主催している「第1回|おいしい文学賞」という賞の最終候補作品でもあるそうで……。そもそもそんな賞があるとは知りませんでした。端から端まで読んでみたい……。
今回の「縁結びカツサンド」は”ベーカリーコテン”というパン屋さん(ブーランジェリーという響きよりも”街のパン屋さん”という響きが一番似合う)が舞台。
このベーカリーコテン、3代目の和久くんを軸にお店に来るお客さんたちの様々な悩みを考えたりお店そのものについての「今後」を考えたりと地域に密接に寄り添った作りなのが特徴です。
一つ一つのお話が世界観が一緒で時系列はもちろんありますが、一つ一つが独立されている要素もあり、連作の形をしていますが「一つ一つをさらりと読める」というのがポイント。1章ごとが短編だから入りやすいです。
読んだ感想
タイトルに込められたお店の心意気
章のタイトルがまずお腹がすごく好きそうな「素敵な響き」なのがポイント。
「まごころドーナツ」「楽描きカレーパン」「花咲くコロネ」「縁結びカツサンド」。
文字だけ見るとなんのこっちゃなのかもしれませんが、本編を読んでいくと作り手である和久の成長と「そこでそう名付けるセンス」と唸りたくなります。
街のパン屋さんである和久と、そのお店を使うユーザーさんとのやり取りというのは温かみもあると同時に「常連さん」になる過程も踏まえられているので、自分が近くにこのお店があって、このような出来事があったら心が温まらないわけ無いだろうし、いつか自分のメニューも来てはくれないだろうか、とか考えちゃいます(笑)
パンの焼ける音がしそうな世界
パン屋さんって入る前の「できたて」の香りがもう本当にずるいなぁとしみじみするんですけれど、かつて自分がアルバイトをしていたときに聞いていたのは「パンが焼けたときの音を聴く」ことへの重要性でした。バゲットの焼けたときの僅かな音とか、感覚とか。そういうミリ単位レベルの細やかなことを職人の人たちは肌で感じていたり勉強されているのだろうなぁと(専門学校はそういうのを学術的に学ぶのでしょう)感じているので、この小説を読んでいたときに感じたのはベーカリーコテンの「パン屋ならではの温かみ(厨房の熱さ)」とともに、パンの焼ける「香り」と「音」が共存している空間みたいなものでした。
今回描かれているのは「ドーナツ」「カレーパン」「コロネ」「カツサンド」と惣菜や菓子系が中心で、いわゆる「レトロなお店の雰囲気」を注視しているベーカリーだからこその描かれ方というものもすごく詰まっていたように感じます。レトロなお店で食べる懐古したくなるけれどどこか新しさもあるアイテムたち。それを食べた瞬間にふわっと優しい気持ちになれるのはきっと「このアイテムの開発にあたってのキーになった」登場人物だけじゃなくて、このお店に足を運ぶ、名前のない登場人物たちにも言えることなのではないだろうか…とも。焼けたパンの音と香り。目の前の暖かな色合い。厨房での元気なご夫婦とさらに模索しながらも前に進もうとする「三代目」。素敵な形で詰まっていた世界観でした。
「コテン」という謎を解きながらの”すこし・ふしぎ”
本作の舞台「ベーカリー・コテン」というコテンについての意味合いについては最後まで読まないと意味がわかりません。
知っているお店を開いた初代は既にこの世を去っており、その上で描かれている「すこし・ふしぎ」と「縁」の2つの柱。決して大きなSFではないし、地に足のついたどこにでも有る彼らのどこにでもある日常ですが、その中で確実に「縁」という糸が結ばれているのはほんのり口元を緩ませたくなります。
ヒントはたくさん散りばめられていて、けれど結びつくことに気づいたときに「細かいところをよく見ているなぁ」と感心しました。
和久の成長物語として
ベーカリーとか、専門職に就職している人たちの跡継ぎ問題、人手不足はここ近年もニュースでよく取り上げられています。全体的に国民の数が減少傾向にあることもありますが、ハードワークなのは確かで、何なら私はベーカリーでアルバイトしていたときに「パン屋は単価が低いし、見返りが少ないからなぁ(笑)」と当時のバイト先の職人さんに言われたことがあります。
本当のところはどうなのかちょっとわかりませんが、高級食パンが売れて定着している昨今を見ると、もちろん手を出せるお手軽でボリューミーなのももちろん大事ですが、「パン屋さんだから食べられる」ものについて付加価値がついたっていいだろうと思っているからこそ、よかったな、と感じる次第です。
消費者動向も変わっていく中で、本作の主人公・和久やベーカリー・コテンは「大きく変化する」のではないお店だからこそ、周りのベーカリーカフェ等を始めとした大きな変化に対して「方向をどう舵とったらいいのか」という選択を迫られていくシーンがあります。人生というのは選択の日々ではありますが、親から子へ受け継がれてきて自らもまた継いだからこその葛藤があって、でもその「思い」は自分だけのものではないからこその重みもある。
継いだから味が落ちた、と言われたくない。でもどうしたらプラスの形に昇華して、新規も拡大しつつ古参(常連)も確保していくのか。このへんに関してはどのジャンル、どのお店にも言えることだと思います。新規古参問題や跡継ぎで味が変わることへのジレンマ。そしてその重圧を持ちながらの和久なりの一歩一歩の「歩いていこうとする姿」が非常に私はリアリティ溢れてて好きです。
だからこそ作中に出てきた次の言葉がすごく心に刺さりました。
「当たり前のことが当たり前じゃなくなっているのが、今のふつうです。そういうものがあふれる時代だからこそ、大切にしたいパン、なのではないでしょうか。それはきっと、どこにでもあるものじゃなくて、特別なものだと思います」
(第4章「縁結びカツサンド」より)
おしゃれなベーカリー、今時の高付加価値の専門店、いろんな多様化がしているなかでこの「ベーカリー・コテン」の良さって何だろうと考えているときにこんな言葉言われちゃうときっと泣いてしまう……。何てことのない会話の中の一つのように描かれたこの会話が、とても美しく、また「ベーカリー・コテン」と和久という人間が「どう歩くか」という選択の中で考えさせられるシーンでした。
ゆえに、「縁結びカツサンド」の最後のシーンにすべてぎゅっと集約されているシーンで「このシーンでよかったな」と思うのです。
おなかすく物語であると同時に人情にあふれる「このお店」だから出来るやり取りでした。
そのうえで自分が食べたいな、と思ったのは「楽描きカレーパン」でした。確実に作り手さんは大変だろうけれど、絶対食べたい………!!!(笑)
最後に「ごちそうさまでした」といいたくなる物語ってやっぱり素敵ですね。ごちそうさまでした。冬森灯さんは今回が初の小説ということでしたが、今後も楽しみにしております。