柑橘パッショナート

二次元、三次元、映画、アイドル、サッカー他諸々の多趣味の結果、好きなことをアウトプットするためのビュッフェタイプになったブログです

3次元のアイドルのファンにこそ「少年ハリウッド」を見てほしいと思う

【2019/10/01加筆済】

突然ですが友人に「少年ハリウッド」をたいそう勧められまして、結果としてアニメリアルタイムをしていなかったくせにこのタイミングでうっかりハマるという事がありました。

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(画像:公式ホームページのスペシャルコンテンツ・ダウンロードから)

 

私の推しメンはシュンシュンです(ピンクの子です)

マッキーも好きです。野太い声で\マッキー!!/と叫びたい。

そもそもの自分の立ち位置がアニメ・ゲーム・声優他諸々いわゆるサブカルチャーという部類のもので、「それならまぁお前がハマってもそうだよね~~」ってフォロワー各位に言われそうな部分もすごいあるんですが、そうではないんです。

私は「三次元の、実際に動いている人たち」が好きな人としてこの作品に突き刺さる部分が山のようにありすぎて「さ、刺さる~!!!」ってなったわけです。

細かいところ見てたら「ああこの子たち応援しなくちゃ」っていう気持ちになったわけです。

なので、アニメファンにおすすめっていうよりも、日頃ジャニーズとか、若手俳優さんとか、何かを志している少年/少女/青年を応援している人に特に見てほしい作品だな、と思いたち、せっかくだしレビューしようと思います。

アニメ終わって暫く経つし、「何を今更」と言われそうですが、いやそれはそれでね。もうこのブログ雑記なんでひとつ許してください。

少年ハリウッドを知ってる人には「にわかが!」と言われそうですが、まぁそこは笑い飛ばしてください。私は!私が!好きだと思ったこの作品をプレゼンしたいんだ!!!っていうあれそれ。

 

 

少年ハリウッドとは?

少年ハリウッドってどういう経緯だったのか

作品紹介頁なのにキャラクターが概要を説明する、それが少年ハリウッド*1

少年ハリウッドはもともと2.5次元舞台やミュージカルでは大変おなじみネルケプランニング*2で主催された舞台が最初

原作は阿部寛さん主演「結婚できない男」の小説版を書かれている橋口いくよさん*3の「原宿ガール」が元。

honto.jp

 

杉浦弥代子は、かつてアイドルになることを夢見ていた32歳のOL。

叶わぬ夢を忘れかけていたある日、渋谷でアイドルグループ“原宿ガールズ”のスカウトに声をかけられる。

外見が幼く見える弥代子を高校生に見間違えて声をかけてきたのだ。夢が再燃した弥代子は、年齢を誤魔化したままオーディションに挑み、合格してしまう原宿ガールズの一員としての日々が始まるが、果たして彼女は…。

 

やだこれはこれでめっちゃ面白そう…。

つまり這い上がって這い上がって這い上がってもがいて苦しんでそれでも突き進む汗と泥臭いストーリーですね。(大好きです)

ただ「女だと生々しい」ってことから少年たちになったとか。

ちなみに此方の女性に関して「どっからどうみてもMステ」な音楽番組のシーンで活躍を垣間見れたりするわけです。尊い

ちなみに、少年になった舞台については橋口さんがタイトル・キャラクターを作成、脚本を新たに書き下ろしたものらしい。

舞台は2012年に『少年ハリウッド〜僕らのオレンジにまた逢いたい〜』として再演されているとか。なお私が少年ハリウッド・通称少ハリを知ったのはアニメからなので、この辺は割愛。

オレンジとはわかりやすく言うと「ファン」のことです。いわゆる関ジャニ∞でいうところの「eighter」さんに近いかな。

 

で、それが小説になり、アニメになり、再び小説になっているそうで…。

この間に「全ハリ」などがあったりと様々な形でメディア展開をしている作品でもあります。

 

「ぜんはり」って?

ZEN THE HOLLYWOOD(ゼン・ザ・ハリウッド)は、“アニメ×小説×ぜんハリ”プロジェクトにおいて進められている、少年ハリウッドコンテンツに登場する楽曲を公式にパフォーマンスする男性アイドルユニットである。通称ぜんハリ。(Wikipediaより)

ぜんハリは要するに少年ハリウッドを起点にして行われたちゃんとした男性アイドルユニットだそうです。本当多方面に動くなあ。すごいなあ。

最初の「少年ハリウッド

かつてアイドルになることを夢見ていた32歳の桜木広司は、ある日アイドルグループ「少年ハリウッド」の新メンバーにスカウトされる。広司は柊剛人(ひいらぎ つよと)と名を変え、年齢を17歳と偽ってアイドルになることを決意する。原宿にある劇場「ハリウッド東京」を舞台に、「少年ハリウッド」の少年達の夢と成長を描く。

 

「原宿ガール」の名残を残しているのがよく分かりますね。

これはこれですごく見たい。

その桜木君(剛人)は「17歳です!」 を話を見た後に見るとなんかこう…ああ、鯖を読みながら、欺きながらやるって苦しかっただろうなあ、でもやると決めたからやり続けたんだろうなあとか色々なことを考えます。

舞台を知らない私にとっては「こういうデザイン」で「こういう人」っていう最初の印象でした。因みにこの人、その後の15年後ではなんと!!!だからぜひ見てほしい。

 

アニメで生きる「その後の少年ハリウッド

前述した「小説」の少年ハリウッドとリンクしたのがアニメの少年ハリウッド。時間が流れて、15年。

原宿にある劇場“ハリウッド東京”を拠点に活動するアイドルユニット「少年ハリウッド」が切磋琢磨し、成長していく姿を描かれています。

私がこの世界に飛び込んでいく機会をもらったのはこれ。

イメージとしてはAKB48のある劇場みたいなものだと思ってくれれば分かりやすいかもです。

 

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1期OPがこちら。全部見直した後にすごい刺さる。しんどい。

 

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そして2期。もう明らかに成長していますね。

少ハリの面白いところは楽曲をサイトにためらわずに載せている所。ちょっとその辺EXILEとか、Youtubeニコニコ動画等を活用してPRしている最近のアーティストのやり方と一緒ですよね。

 

当初の段階で言うと、彼らは言ってしまえば寄せ集めの人たちです。

グループのために集められた人たち。

ジャニーズでいえばデビューする前のJrの段階でグループくまされた状態。

しかも第一話にして早々に心折れたくなります。

劇場に集められた十代の少年達、風見颯、佐伯希星、甘木生馬、富井大樹、舞山春は、自分達がこの先どうなるのかもわからないまま、日々レッスンにはげんでいた。


そんなある日、彼らが所属するノエルジャパンエージェンシーのシャチョウから、自己紹介の特訓をするように指示が出る。

マネージャーの勅使河原も交え、熱い指導が行なわれるが、心が折れかける者多発。

なぜなら、それは世にも恥ずかしい自己紹介だったからだ。
しかし、そんなところで、立ち止まっている場合ではないのであった。
なんと、シャチョウから、彼らは新生「少年ハリウッド」として活動してゆくことが発表されたのだ。

(公式サイト第一話より)

 

世にも恥ずかしい自己紹介。

言われて真っ先に思い出す口上はあまちゃんのような挨拶ですね。

「宮城といえば?」

\ずんだ、ずんだ/

「わたすの名前は?」

\小野寺ちゃーん/

「え?呼んだ?」

\呼んだ、 呼んだ、イェーイ/

 上は「あまちゃん」に出てきた小野寺ちゃんの口上。

後はももいろクローバーZでもやっている印象です。特に印象深いのは百田夏菜子ちゃん。

[人差し指を立ててぺちぺちする感じで、
最後のでこっぱちは親指でおでこを指差す。]

\はちはちはちはちでこっぱち~!/

茶畑のシンデレラと言えば  \ かなこぉー↑↑ /

えくぼは恋の落とし穴! 百田夏菜子

高校2年生の16歳です。

ついこの前、ももいろクローバーZのファンになりました!!!そこで、いま... - Yahoo!知恵袋 から)

 

こういうのがあるともれなくファンはコール&レスポンスで覚えますよね。

落ち着いて考えると、超恥ずかしいんですよねこれ。それでもやるのがアイドル。

しかもこれをやらせるのが1話。いやだってこうSEもグラフィックもなにもない状態でやるのと一緒なんですよね。ある意味究極の「エフェクトがない状態の特撮」をスイッチオンで振り切ってやるに近いものを感じます。 

 

「こんなんやってらんねーよ」っていうキャラに対してシャチョウは超笑顔でやらせるわけです。

で、その痛々しさをメンバーに見せつける。

「振り切らないと、このように見ている側も居た堪れない。皆、シュン(やってくれた子)に感謝しましょう!」と言い出すシャチョウ。

こういう「キラキラ」「アイドル」の部分はもう開き直るというか全力でやるからこそきらきら輝くんですよねっていうのがわかるシーンでした。

 

わかりやすく言うと恋愛シュミレーションゲームとかのイベントで、声優さんもラブメやるじゃないですか、恥ずかしいセリフ言うわけじゃないですか。

特撮だってBGM光もエフェクトも爆音も爆発も(一部はあるけど)後々になってCGを入れるのでやっている時はほとんど「シーン…」とした空間なわけじゃないですか。

「演じている」けれど、傍目から見たら、すごく冷静になれば「うわ恥ずかしい」ってなるわけですよ。

でも、それをやる。

そして黄色い声が上がる。歓声が上がる。

何故か、彼らは役者だから。彼らはその瞬間”自分”であって”自分”ではないから。ファンはその「全力」を受け取って、本物のきらめきのように大切に大切にするから。

全力だから響く。そう思いました。

例えばジャニーズのSexy Zone中島健人君のラブホリ伝説を聞いたことがあるわけですが、その内容が「この子すごいな~~」ってなるんですよね。

 

 でもやっぱ今日の傑作はわたしのいとこが健人くんの前で靴が脱げてしまい「シンデレラ気を付けて!!!!」と健人くんが言った事だと思う。

 

私の前に小さい女の子がいて、「けんとくんだいすき!」って言ってて微笑ましく思ってたら「16歳になったら迎えに行きます!」ってラブホリ先輩が女の子のお母さんに言ってて、勝利と話してたのに盛大に吹いた

詳しくは 【SexyZone】中島健人伝説2013【ラブホリック】  とか SexyZoneの中島健人くんがぶっとびすぎててやばい  を見てください。

彼について何を知っているかって言うと「遊戯王カードが好きすぎて壁にブルーアイズカード山のように集めて飾っている」とかそういう、なんだ、普通の男の子の側面とおもしろいところ(褒めている)だと思うのです。

が、彼の「アイドル」としての在り方って先程の口上にも繋がるところがあると思うんですよね。

 

恥ずかしがらない。アイドルである。

アイドルだから、振り抜けなければならない。

 

アイドルとは「偶像」で「夢を与える側」で「人間でありながら人間じゃない」ような、2次元の中を飛び回るような部分があります。

ところで、少ハリ好きさんにはぜひともV6三宅健の「"悲しいほどに ア・イ・ド・ル"~ガラスの靴~」*4を聞いてほしい。こう、色々と来るものがあります。歌詞だけでもいいので是非。

 

少年ハリウッドの登場人物は悩むからこそ美しいのかもしれない。

偶像と人間の間をもがくという意味ではカケルの第2話がめちゃくちゃ刺さります。

第一話にて早々に出番を飾るのがカケルで、彼は実質この作品のメインヒーローといってもいいでしょう。

個人をピックアップしたところも彼が最初でした。まぁ実際少年ハリウッドというグループのセンターが彼というのもあるのですが…。

「一般人(友人)」と「自分(アイドル)」の境界線のお話なのですが、その一線を越えたらもう自分は「アイドル」であり普通の人と同じにはなれない。沢山の人が長時間並んで手にするシューズを、簡単にぽん、と手渡される。でもそれはたくさんのものを代償にしているという現実。

昨今アイドルの子たちの交友関係によっての流出問題が話題になりますが、信頼していたからと行って相手も120%相手を信頼しているとは限らないし、例えば過去に付き合っていた彼女のこと、今までの人間関係、家族関係。そのへんを「金」という視覚的に感覚的に絶対的にわかってしまうものを突きつけられて揺れ動き負けてしまう人もいる。承認欲求のはてかもしれない。「誰と仲良しの自分」「誰と付き合っていた自分」そんな立ち位置から、結果として他社と違う存在である自分を表に出したくなってしまうこともある。

そういった「人の悪意」「まだ見えない、でもそう”なるかもしれない”」部分をシャチョウは指摘し、まだ雛になったばかりのカケルにアイドルとしての忘れてはいけない「境界線」を教えるわけです。

 

 

カケルはあくまでも「なんとなく」でアイドルになっていってしまった少年です。だからこそのそのギャップが非常に激しく、悩ましい。

自分が芸能人になってアイドルになって出来上がる一般人(友達)との溝はとても苦しく悲しく、昔の友だちだからといって100%信じていいというわけではないような芸能界の闇の部分を無自覚に、ふとした部分で気づく。

それがエンディングの「子鹿のくつ」に繋がるわけですが。

 

 

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愛の意味を知らない 僕らを許してください

わがままな足元に 羽根をありがとう

この歌詞を歌わせる得も言えぬこの「エモい」としか言えない感じですよね……。

2話の限定のEDで逢坂良太君が歌っているのですがこれがまた心に来ます。

こうやって「アイドル」になるために何かを捨てなくてはならない。それって少し寂しさがあるわけですが。

アイドルになると踏み出したカケルが、リンクしててうるっと来ます。*5

 

アイドルに「なる」ということって何だろうと考える 

少年ハリウッドの良さって良くも悪くも彼らが「息をしている人間臭さ」じゃないかなと私は思います。

それって言ってしまえば偶像崇拝であるようなアイドルとは真逆の立場なわけですよ。

ステージの上、ステージの下。そこだけに流れる川。

何か問題が起きて、ぶつかって解決していく、そのアイドルの姿も確かにアイドルとして間違っていないわけで、でも、少年ハリウッドの場合って そう簡単に解決してないな ってのが作品の中の魅力だと思うんですよね。

もやもやを抱えて、それぞれが方向性が違って考え方が違って、踊って、歌って、トークをして、横並びになっていても見るものが違う。

それって至極当たり前のことだけど、多分違うこと。

 

例えばV6でいうなら、彼らは確かに「6人揃えばまじやばい」ですが、一人ひとりで考えていること見ていることやっていることは違います。

個人である時/団体で居る時の違い。そしてプロフェッショナルとしての在り方。そんな彼らの歩き方に似たものをどこか少年ハリウッドで見える気がします。ダンスのずれとか、歌がうまい・下手とか、そういうところだけじゃなくて(そういった細やかさも少ハリの良さだと思いますが)メンタルとか、アイドルの在り方とか、部分がすごくリンクしたり、似ているなと思ったり、けれどお互いを尊重しあうところもいいなと思います。

 

A.B.C-Zというグループがありますが、こちらも私が好きなグループです。

前進が別の形で「ABC(アクロバットボーイズクラブ)」であり、そこにZ(=Aの最後はZ、Zからまた始まる、という意味らしい)で橋本良亮くんが加わりました。

そこでセンターが変わった、歌割りが変わった、とかいろんな話が起きます。私は少年ハリウッドを見た後にA.B.C-Zのことを知ったのですが「リアルにマッキーとカケルみたいなことしてる…」ってなりました。今までライトがあたっていた場所が自分ではなく別の「誰か」に当たること。それまで当たり前だったものがそうじゃなくなったこと。

ガラス玉一つ落とされた 

落ちた時何かはじき出した 

奪い取った場所で光を浴びた

BUMP OF CHICKEN「カルマ」)

 もうこれですよ。これに尽きるんですよ……。うまくいえないけど「一人しかいられない」場所で、一人しかスポットを浴びれない場所で、それでも「チーム」で相手が嫌いなわけではなくて、というぐるぐるがまわっているかんじが非常にしんどい。

だからこそ私の友人(マッキー推しの五関くんのファン)は「気づいたからこそのしんどさと、それでも自分が光り輝き続けようとする尊さ」という意味でマッキーの良さを語っています。そして、それがゆえの「推しが0番にいる」「推しがセンターで挨拶をする」ということについての語り方がそうだよなあ…って気持ち。

私はA.B.C-Zに橋本くんが追加されて突き進んでいってからだいぶ経過してからファンになった人なので当時のことは色んな人の言葉でしか把握できないんですよね。でも、だからこそ、「こんなかんじだったのだろうか」と考える機会はもらえていると思うわけで。少年ハリウッドに触れたからこそ感じる部分がたくさんあります。

 

「握手できないくらいになってください」と言えるファンになりたい

この作品の16話で、距離の近いアイドルとしての在り方についてが出てきます。

握手会でファンが増えたことに喜ぶマネージャーと微妙な顔をするシャチョウ。

「アイドルは習い事の延長線上」のカケルにとって、どうあるべきか、進路の話がピックアップされるわけです。

で、その中で出てきたファンの言葉がこれ。

ファンって難しいというかわがままなもので、覚えてくれるのが嬉しいんですよ。

私だってそうですよ。大衆の中の1でもいい、1でもいいけど、でもやっぱり「個人」として向けられたら心が打ち震える。

もっと有名になって、皆から追いかけられていく姿はマイナーだったバンドがメジャーデビューして一気に売れていく寂しさみたいなものに似たものがあるのかもしれない。

でも、ファンなんて言うものは勝手で、そもそも「好きになったのは自分たちの勝手」なんだよなって思います。勝手に好きになって勝手に幻滅して勝手にファンをやめて。

連絡先を相手に教えちゃう☆ようなのを「ファン」といっていいのかというのが話の中で出てきました。

もちろんそれはそれで一つのファンだと思います。そういう人の熱量も分からないでもないし、いいんじゃないのとは思います。

でも一方で「握手会なんかできなくなっちゃうくらい有名になってください」って自分が会うチャンスがなくなってしまう、それでも、もっと輝いている場所にいてほしい。もっと輝いてほしいという願望なわけで。

 

これを言えるファンってすごいなと思いました。

そして、それを言われるアイドルって、すごくそのファンに思われているなと思います。

もちろん「自分が特別でありたい」っていうのは誰しも心の奥底にあって、「その一言で相手に何かを印象付けられたら」とか願うのは悪いことではないと思うんですよ。だからこそのその一言をなんて紡いだらいいかって悩むしその悩んでいる姿はとても美しいと感じます。

自分自身もまた、竹内涼真君や声優さん、A.B.C-Z、選手、いろんなところでハイタッチや握手、お話をさせていただいているときに「そうだったらいいな」と願う部分がたくさんあります。伝わってて欲しいし「こういうファンもいるのか」だったら嬉しい。もちろん単純に自分が好きで見ているけど、「何かしら、”そういうやつもいる”だけでも伝わってたらいいな~」っていう気持ちはあります。

でも、そんなこんな握手会やイベントがなくてもファンはついていくだろうし、追いかけるだろうし、現状よりもっと伸びてほしい気持ちもある。

あるけど、自分がこういう甘い蜜を吸っている現状が「嬉しい」部分もある。それがなくなったときに、やっぱりどこかで「淋しいな」と思う気持ちは嘘じゃなくて、あるんだろうな~とも思うし。でも売れて欲しいというジレンマもファンは抱えて居る人のほうが多いんじゃないか、と思う。

本当に難しい。何かを応援するっていうのは難しいなとも思うばかりです。

サッカーとか、スポーツとかとはまた違う意味で「難しい」ですよね。スポーツとかは勝ち負けという絶対的な結果が目の前に突きつけられるけれどアイドルの場合「何が失敗なのか」「なにが成功なのか」っていうのは常に自問自答を重ねざるを得ない。そしてそれを「正しいよ」「間違ってるよ」というふうにいってくれる人もいない。あるのは周囲のいろんな意見で、それはとても無責任なものなんですよね。極論いえば「他人事」であるといえばそのとおりだし。

 

いわゆる”三次元のアイドル”のファンの方に勧める理由

情熱大陸」をイメージしてもらえればわかりやすいかなと思います。

努力友情勝利約束された成功、それらが少年ハリウッドではどちらかというと希薄な印象です。

超理不尽の塊だったりすることも結構あります。親から勧められたから入った業界、自分がなりたい像と自分の偶像とのギャップ。そのへんも結構はっきりと描かれています。

「そこ」 に彼らの”人間としての個性”と”アイドルとしてのあり方”みたいなものが同居して、分離しそうな不安定な形でバランスを保っているのです。

1期で努力してやってみたところで「お客さんが来ない」というガラガラ状態を経験して、2期で売れるようになって逆に「どこにいても自分たちへの視線は向けられ続けている」という圧迫感の中をさまよいます。

 

アイドルが恋愛することについて未だに賛否色々別れますが「アイドルだって人間」派と「仕事としてやってんだから徹しろ」派と、それぞれの意見が分からなくもない。「単純に相手がすきじゃない人だから勘弁してくれ」もあるだろうし。

「お前女/男の趣味悪いな!」もね、あります。すごいあります。

 

後「プロフェッショナルとして夢を売るのだから、そこに実際のリアリティを、恋愛という形で見せないで欲しい。偶像としてのイメージが崩壊してしまう」ということも上げられると思います。

しかしながら、そもそもそれってファンにすぎない「お前らに何か関係有るのか」って言われたら いや、ないけどさあ…って思う部分と 時間と金をかけて応援しているんだから、やっぱりそういうのはどうよ。っていう気持ちと、色んな物が交錯しあうんじゃないかと思います。

まわりまわっていろんなことを考えるきっかけを少年ハリウッドで貰って、ちょっと考えました。 

これは“アイドルに「なる」”物語で。

それでいてアイドルとしてどうあるべきか、偶像崇拝のアイドルがどう生きていくのかという物語としてすごく印象深いです。

作中「お客さんが来ない」「空席が目立つ」というのって、ジャニーズの子たちのお話を思い出したし、そういう空席を見て彼らが何も思わないわけもなくて、そこからまた這い上がっていくわけで。

少年ハリウッドの在り方、考え方、個人個人のどういう風にこの世界を「アイドルになって」生きていくのかが詰まった作品でした。

 

そういえば昔遊戯王5D'sの不動遊星をやった、RUN&GUN宮下雄也くんがアイドルとしてやってた時から、今に至るまで「アイドルやるのがしんどかった」っていう風に言っていたのを思い出しました。

最近は完全に俳優さんですね。お芝居の世界で器用に三枚目を演じていて何よりです。

彼は望んでアイドルになったのか、それとも「望んでない形で売り出されてしまったのか」とか私にはわかりませんが、それぞれにそれぞれの思惑があるのだろうなって今でも思います。勿論それは「俳優になりたかった」のに「アイドルとして売られていく」自分とのギャップとかね、そういうのもあるに違いない。コンサート、歌を歌いたいのに俳優業とかタレント業ばっかりやらされる、とか、きっとあるだろうしね。

 

アイドルに「なる」って辛いししんどいし本当お前ら俺らを人間だと思ってんのかよ、思ってねえだろ!ってなる部分も絶対あるでしょう。

キラキラするだけじゃなくて絶対彼らにも自分たちと同じように生活があって闇があって抱えるものがそれぞれ違うわけで、それが「人生」なわけで。そういう心理描写人間描写ってよく描かれているなあと思いました。

 

本当は可愛いだけじゃないキラが可愛い態度をしなくちゃいけなかったり、握手を他のメンバーとはするのに自分とはしてくれないファンがいて、それを察してそっと手を下ろしたり(でも彼は子役あがりでそんなのザラだから、気にしないふりをして、そっと気づかれないように全部こなしていく)、金銭面的にそんなに余裕が無いのにシュンシュンはお洋服かわなきゃいけないし、常に誰かから「見られている」というのも絶対あるんですよね。

それでも彼らは「演じ続ける」んですよ。

セルフプロデュースをして、自分たちが「偶像」としてまるでその痛みをなかったかのようにヴェールを被って、画面の中で飛び跳ねる。ただただ「楽しい」、キャラクターとしての「切ない」の「半透明なリアル」を作り上げていきます。その姿はとても美しく、そして一人の彼の「人間」が隠される部分として残酷だなとも思いました。

アイドルじゃない自分が誰かに縋りたくなるときだってあって、その闇が抱えきれなくなったり、誰かと生きたくなったり闇を分け合える存在を見つけられたらそれはそれで幸せなことだけれど、世間がそれを許してくれなかったり(”アイドル”だから)とか、色んなものが、こう、ぎゅぎゅっと詰まっていましたし、普段そういう人たちの「アイドルとしてある姿」を見ているからこそ、芸能界に染まっていない中でもあがいて藻掻いて背を伸ばして求め続けている彼らを見て、思うところは山のようにある。

登場人物一人ひとり掘り下げたいし作品についてももっと語りたいんだけど、私じゃ魅力がうまく伝えらなくて非常にもどかしい。もうとりあえず見てくれとしか

ぜひ少年ハリウッド、ジャニーズやアイドルや若手俳優とかを「何かを演じて、前に進もうとあがく」という概念で好きな方におすすめしたいです。

「アニメ」というか、どこか「ドキュメンタリー」のような気分な作品でした。

1話まるって歌番組とか、コンサート本編をやらずにその直前を描いたりとか、キラキラしたところと、その分地べた這いずって努力しているところの温度差がはっきりしていてスイッチが入っていくところから動揺しているところとか兎角面白いなと思いました。

 

気になったら取り敢えずグーグル先生で「少年ハリウッド」で検索してみてほしいです