以前書いた記事が5万を越えた「バカかな!?!!本当バカかな!?!!」って怒られるレベルの文章量になってしまい、友人からページが開けない重たいふざけんなというクレームを頂き、分割すればよかったかとちょっと思いました……が、内心「でもそんな分割するほどでもないだろう」となんか悪いこと考えてて。
それで結局「じゃあどんなもんか」と自分で読み直したらアドリブについてとか色々書いたからこんなことになったんだな、と結論に至りました。
正直すまなかった。
だけどまぁ、私の好き勝手が少しでも何かしらでも読んだ人が「こいつバカみたいに長い記事を書いているなあ」「ばかじゃん」と笑い飛ばすきっかけになっていればいいです。
楽しいのが一番です。そうです楽しいです。感想をまとめるという行為が私は楽しくてしょうがない。
ということで、先日DEATH TRAP(デストラップ)が閉幕致しました。
大千穐楽が無事に終わり、出演者、スタッフの皆々様お疲れ様でございました。
「サスペンスコメディって何ですか…」って思いながら、福田雄一氏の「小学生男子が好きなテンション*1」を読み解いて嗚呼ウンそういうことか~っていう風に思いながら、ときに笑ったり、ああ、なるほどねえと納得したり、いろんなことを感じさせてもらいました。
そのうえで、のんびりと全部終わったからこそ踏まえて考えてみようと思います。
その時々に感じたことは上の記事参照。
まずはこちらを御覧いただきたいです。
(ちゃんと本人のところ星で隠すあたり愛之助さんよく分かっていらっしゃる)
(大変だなあこの事務所)
以前舞台に関してのコメントで「舞台ファンの多くはリピーターである」みたいなものを見たことがあるのですが、実際問題どうなのかって言われたらそうなのかもしれませんね。
好きな俳優が出ている、好きな物語である、現場という空気感が好きである。
理由はその人によって様々だと思います。ちなみに私はこのデストラップという作品においてなぜこんなにも(といっても2桁行っていないので一時より全然ましだと思いますが/比:「華ヤカ哉、我ガ一族 オペラカレイド」)リピートしたのか。いやあくまでも「私の中で」の話で毎公演行ってる人とかからしたらたかが数公演なんですけどね。自分の中ではお芝居を何度も見たことが新鮮なのです。
そんなことを考えてみると、まぁキャストマジックと、ストーリーに対しての見聞と、後はアドリブというものの楽しさと、いろんなものが混じり合った結果が今なのかな。
で、過去の記事に自分が「千穐楽を終えた時、どう思うのか」っていうことを期待しているということを書いていたのでこの記事を書いている次第です。
芝居って、舞台って、これだから楽しい。色んな人がいろんな人達に影響して刺激されて変わっていくのが、一度どろどろに蛹になるときに溶けるわけで。
その後、脳細胞がトップギアになって、そして変貌するカブトムシとかクワガタみたいな「進化」にも等しい何かをみているような気がして、人の成長は早いというけれど、お芝居を通じて瞬間瞬間が見られるのが嬉しいです。
これがこの前書いた記事の中の一つ。
千穐楽が終わってみた上で、彼のブログ「Hassy's Style」*2で、感想が綴られていました。
気になる人がいたらぜひとも8月6日の彼のブログを見て欲しい。
読んだ上でこの記事を書いていますが…なんというか、ああ、彼にとっては「新境地」として芝居、盤上に立つことで新しく見えたものがたくさんあったのだろうなと感じています。
何度あの文章を書くに当たって書き直したのかは存じ上げませんし、もしかしたら勢いでウワーーーって書いているかもしれません。私はどっちかっていうと勢いでしか記事を書けないタイプの人間なので、「わーかーるー」ってなっちゃうわけですが。
一応過去のインタビューとかではすごく色々考えて読み直して確認しながら上げているといっていたので多分前者なのでしょう。
えらいなあ、自分の書いた文章なんか読み直したら「もういっそのこと殺せ!!!!!!!!!!」って顔を覆ってジタバタしたくなるというのに(黒歴史現在進行形で構成していくスタイル/誤☆字☆王)。
文字を見ると男の子の字だなあって思うのですが、何かと言葉を見ていると女の子みたいな中性観が漂っているので不思議な人だなと橋本くんに対しては常々思います。男子が書く文章なのになんだろう……この…女子高生のブログみたいなテンション……。
不思議な気持ちでいっぱいです。でもそれもまた彼の個性の一、ということなのでしょう。だから別にいいと思います。
前略プロフィールみたいなテンションじゃないからいいんじゃないかな。
なんというか、今、状況としてスポンジみたいにたくさんのことを吸収しようとしている最中なのかなあと見ていて思ったし、大千穐楽のご挨拶のお話を聞いて、きっと彼にとって「終わってからも大切だと言える作品」の一つとしてこの作品がなり得たのだと感じています。
橋本良亮の23から24にかけての軌跡の一。
自分のできる最大限を必死にやった結果なのだと思いますし、そうであって欲しいなと感じています。今までできなかったこと、やろうとすら思わなかったことがあったと思いますがそれを「挑戦してみようかな」「やってみようかな」という飛び込もうとするに至るものがあったのではないか、なんて、憶測ですけれど、何かひとつでも変化に等しいものがあったのだったら嬉しいです。
「俳優」としての真価を進化させる過程の一つ。進もうとする道の選択肢がまた広がって引き出しが深くなって吸収したものがいっぱいあることでしょう。
個人的にはこの「DEATH TRAP」で終わるわけではなく、このDEATH TRAPを経て、次の例えばえび座、または自身が次に出演する舞台に挑戦していく時の「あの時やったこれをここで使ってみよう」とか「あそこから派生してこれをやってみよう」とかの道具の一になってほしいなあと思います。
この世に無駄なことは多分何もなくて、直さなくてはって思った所、気をつけようと思った所、伸ばしていこうと気づけた所、いろいろなものが次へのステップになりえるのだと私は考えています。
「精神的に向上心のない者はばかだ」*3という言葉がありますが、まぁこの言葉を放った人は自分に返ってきてどうしようもなくなってっていうのがありますが(詳しくは「こころ」を読んでもらうか、なんかこう…グーグル先生にお世話になって欲しい)(ちなみに読んでて「友達が恋愛にうつつ抜かしてたらさあ、寂しくなるよね・・」ってわかったようなわからないような気持ちになったのは内緒だ)
クリフォード・アンダーソン=橋本良亮というリンクじゃなくて、橋本良亮≠クリフォード・アンダーソンとして見られたことを幸運だと思うんだよなあ。「私なんでこの舞台見ているんだっけ、ああそうだ、そういえばこの役柄、橋本くんだった、今目の前にいるの、橋本くんだった」ってなれたのが幸せ。
— あまなつ*ひょっこ/将棋めし (@amanatsu0312) 2017年8月7日
イコールじゃなくて、≠だったように思えました。
役者が透けて「この芝居をしている橋本良亮」じゃなくて、「私は今クリフォード・アンダーソンを見ているのだ」と思えたことが、私にとっては嬉しいことでした。表情の違いとか、あの笑い方とか、トチ狂ってしまった瞬間だとか。
そこにいたのはクリフォード・アンダーソンで、決して”橋本良亮が芝居をしている姿”とは私には思えなくて、なんだろう、そういう風に観客として思えたことを幸運だと思っていますし、「福田雄一」という人の演出の中で、個性と自分を出していく中で、それでも「役柄」として演じているのが好きなんです。
俳優が好きで見に来たけれど、作品として楽しめた。何度も何度も潜り込んで、「デストラップ」という世界を自分の視界いっぱいに見られたこと、幸運だなあと思う。
次のステップを彼が踏んだ時、デストラップをやったときに言っていた「今が一番楽しい」といったことを踏まえて、過去の作品を経て、また今の自分の表現が広がったからこそ「新しく知る、今が楽しい」になってくれたらいいなあと思います。
日々更新、日々アップデート。
次の作品でどういう風に、彼の中で落とし込んで新しい役を飲み込み自分の中で吸収していくのかが楽しみでしょうがないです。
舞台「DEATH TRAP / デストラップ」は、8月6日の兵庫公演をもって全日程終演いたしました。東京、静岡、愛知そして兵庫公演と、公演期間中はたくさんの皆様にご来場いただきまして、キャスト・スタッフ一同、心より御礼申し上げます。誠にありがとうございました!
— 舞台「デストラップ」 (@deathtrapJP) 2017年8月7日
改めてお疲れ様でした。
また、愛之助さんも超多忙の中お疲れ様だなあと思いました。
高岡さんの品のある役柄も好きだったし、佐藤さんの「=タカちゃん」とのイコールで結びつかないお芝居も印象的だったし、最早何を言わなくても大丈夫だろうって思える坂チンこと坂田さんの少ない出番の中でも爪痕残すよ!!むしろ居残るよ!!って感じも今まで見てきたお芝居とは温度が違っていてとても新鮮でした。
また、藤原紀香さんも度々会場でお見かけして、ああ本当に梨園の奥様として頑張っていらっしゃるのだなあとスタアの恋*4を見直してしみじみとしていたわけですが、そんな折こんな記事を見かけました。
もしかして:はしソロまたはえびコンにご夫婦でいらっしゃるフラグ。
何にせよ「俳優」としてと「アイドル」としての間でいろんな角度で挑戦する姿を一緒に仕事をした人間が見て「いろんな顔を持っていて、そしてそのどれもこれもに真剣なんだなあ」ってなってもらえたらとてもうれしいです。
なんだろう言いたいことがいっぱいあったはずなのに結局まとめるよりも先に色んな気持ちでいっぱいになっちゃって筆舌に尽くし難いっていう感じになっちゃったので、このへんでまとめておきたいと思うのですが、俳優としての可能性を秘めた彼のポテンシャルがこれからもどんどんと高くなって欲しいなあって思います。
そして、たくさんのことをこれからも吸収していってほしいですね。
私は舞台に対して専門に学んでいるわけでもないし、逆に言えばジャニーズの舞台を殆どこれまでの人生において見てこなかった人間なのですが、2.5次元関連だと「過去にやった作品はやっぱり好きで居て欲しい」という部分が結構強くて。ああでもそれは特撮とかでもいえるのかな。忘れないでほしいし、でも彼らの「今」の作品が一番良い、といいたいなあと思うわけです。
「今の僕を賞味できる期限は今日」*5っていうじゃないですか。橋本良亮という24歳の人が賞味できた期限は今日で、その瞬間瞬間を彼は生きていて、まぁ自分もたくさんのことを経験した上でたくさんある選択肢から「観劇」というチョイスをして見ているわけですけれど。
「はっしー」という人ではなく「クリフォード・アンダーソン」が何を見たのかを考えて、彼という人柄ではなく、彼という「役者」を見ていって。どういう形でこれから進んでいくのか、とか。
この作品を「劇団四季」のごとく何度もやりたいと彼は言っていましたが、再演をするには、じゃあそこに至るまでにもっともっとパワーアップしてもらいたいな、と思います。何度も繰り返すのなら、そのたびに新しくなった彼が見たい。
それは「役者」としても「アイドル」としてもきっと同じことで。日々経験、日々感じるものを大切にしてもらいたいです。人生に無駄なことなんて何一つなんてないのですから。
いろんなものを持ち帰って、A.B.C-Zで還元できるようになりたいといった彼の言葉を信じて、持ち寄って、そこでまた違う「A.B.C-Zの橋本良亮」というアイドルになった姿が見られたらいいなあと思います。
改めて語彙力ないなあ私…笑 うまく説明が出来ているかな、とも思うのですが、大千穐楽を経て、約一ヶ月、稽古時間も込なら2ヶ月でしょうか。たくさんのことを学び、経験し、悔しくなったり楽しくなったりしたと思うし、それは彼の血となり肉となることでしょう。良いことだなあ。素敵なことだなあ。これからもどんどん吸収して素敵な人になってくださいね。
この舞台を経て私が感じたことは「よーーーし歌舞伎一度いってみるぞー!」っていうお財布事情との打ち合わせと(しろめ)「ひよっこのスピンオフは高ちゃん来い来い来い来い……!」と念じることと、ジョビジョバって活動してないのかって気になりすぎて取り敢えずマギーさんフォローしたことと、うっかりNHKで伝七捕物帳しっかり見ちゃったことかな!!!(笑)上遠野君もいるのびっくりしたわ!!!
……ということで、全部終わった上で振り返ってみたら余りにも前の段階で書きすぎて、「なんだろうさっくりしまくっている…」と自分でもびっくりしています(笑)