柑橘パッショナート

インプットとアウトプットを繰り返すごちゃまぜスタイル

ブログがフラットだっていいじゃない!!!

先日「オシゴトガタリ」でも大変お世話になりました特撮関係での有名ブロガーさん結騎さんが下記のような記事をあげておりました。

www.jigowatt121.com

 

わ、分かる~~~!!!わかりみ~~!!ってめちゃくちゃ首を縦に振る一方で「じゃあお前毎日ちゃんとやってんのか?」という疑問が生じるわけです。

答えはやってるわけがなかったっていうあれですね。

でも私はTwitterだけじゃなくて文字に形に残すという最近では廃れつつある文化だけどブログっていう形がめっちゃ好きだし、これからもとりあえず続けていきたいなって思う中で、自分が思う「ブログって楽しい」「ブログってしんどい」「いやでもやっぱブログやってると楽しいよ」って話をしておこうと思います。

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ブログって楽しいよ!ということを伝えたい

 

ブログ作るのって今すごい楽

ブログって今作るのめちゃくちゃ簡単なんですよね。

それこそデザインだってテンプレでめちゃくちゃおしゃれなのいっぱいあるし。

はてなブログじゃなくたっていろんなブログがあるし、それこそアプリでも今ダウンロードしてそのまま活用できるようになってる。

 

文字を打つことが面倒くさい。

分かる。

 

思った通りの言葉にならない。

わかる。

 

そもそもこんなの誰が読むんだよ

分かる。

 

もう全部正直わかるわかるなんですよね。

「やろうとする気持ち」はあるけど「じゃあやるかって言われたらやらない」とか。

 

何を思い出すかって、個人サイトをやってたときの自分なんですよね!!(笑)

かつてHTMLを組んで色々やっていた側なのですが、私はもうこのブログをやっている通りメインジャンルというものが「あるけどない」というたぐいの人です。

色んなものをいろんな形で新しいものも歴史があるものも「面白そう」「やってみたい」「興味ある」なら全部首を突っ込む。極限簡単にいうと「くっそにわか」でもあります。ジャンルイナゴっていう言葉が蔑称としてありますが、それでも私は「楽しいと思ったことをやるということは悪いことではない」と思うんですよね。

もちろん何に対しても、リスペクトは大事ですけれども、はまること自体は知らなかったこと、興味あること、楽しいと思うことからのきっかけだし、その人自身の感性からのスタートだと思います。

 

 

どこにあるんだろう僕のやる気スイッチの人へ

で、ここから自分の失敗談を一つネタとして。

昔、一つのジャンルを極めようとしてこつこつサイトをやっていたことがあります。

ただまぁこのブログでお察しの通り「今好きなのはこれ、でも今までのこっちも嫌いじゃない楽しい」であったので、あっちもこっちもあれもこれもそれも楽しいってなっていったわけです。

結果としてどうなるか。更新が止まるんです。なぜか、自分で思い立ったのに、やるって決まったのにそれが「やらなくては」になっていったからです。

やらなくては、でどうなるかっていうとスランプに陥ります。スランプになるとどうなるか、更新がまぁ止まります。

 

お久しぶりです、最後の更新XX日ですね。いい加減更新していきたいと思います」といってから気づいたら半年、なんだったら1年飛ばしとか本当にある。その間に何をしていたかって言うとサイトを忘れたわけじゃないけれども、自分の中で「やらなきゃ」が面倒だなになっていったって話です。超本末転倒ですね。わかる。

 

また、同じように食べ物ブログを一時やっていたことがありましたが、本気で秒で飽きました。ただひたすら食べ物だけを残してメモしておくのが自分の性分にあわなかったからでしょう。

「ブログは一つのものに特化していたほうが読者層がわかりやすい」ということを以前ビジネス的な意味で教わったことがありますが、正直自分は「ビジネス」にできなくても「続けられたらいいかな」っていう気持ちになりました。いやだって……続かなかった時の自分の絶望感っていうか・・・「また続けられなかった」って気持ちたるや(笑) 

 

ブログ(個人サイトのなかにあるブログも含めて)でかつて挫折した人間としてなぜこんなに更新が止まったのかと考えると「何かやらなきゃ」「どうにかしなきゃ」「でもまたせた分ちゃんとやらなきゃ」みたいなかんじで自分で自分の首を絞める作業をしていたわけです。

最終的にどうなるかっていうと1回の掲載で自分の体力の消耗が半端ない。ひとつ記事書くのにこんな面倒な思いするならもうやりたくないなってなってしまう。

つまり「自分で自分のハードルをめちゃくちゃ上げてた」んですよね。小説にしたって漫画にしたって天才は確かに天才だとは思うんですが皆さん積み上げていって今の形になっている部分は絶対的にある。それが「周りはいいなあ」「すごいなあ」っていう気持ちばっかり膨らんで頓挫してしまう。

 

ここで自分の推しの話を一つ。

私の応援しているA.B.C-Zの橋本良亮くんという人がいますが、まぁ彼は有料で、課金タイプのブログを容赦なく1ヶ月更新しないタイプの人です。「有料でお金払ってるよ~~」って気持ちと「いやでも更新しようとするとね…ネタ困るよね……」っていう、自分の場合は「有料でお金を払っている側」としての意見と「かつて自分が更新停滞していたからこその気持ち」が混在するわけです。

まぁ彼の場合は「お仕事」の一つ(金銭の取引が成り立っている)でもあるので、同列にするのは失礼なんですけれども……。

ただ、毎回毎回長く書こうとしているのかなっていう印象で、それを見ているともどかしさと「分かるでもまたせた分だけ長く書きたい気持ち分かる…」というジレンマが生じます。

ブログって、もっと気楽で、もっとフラットで、もっと自由でいいのかなと思うのです。

 

 

また、「誰が見るのこんなん」って言う話になると思いますが、インターネットの海を泳いでいるとどうやっても「探しても探しても見つからない」っていうときがあります。

 

例えばアニメやゲーム、ドラマなどの「リアルタイムの反応」。

何でもそうですが「ハマりたて」って一番楽しいじゃないですか。見るもの全部が新鮮で見るものすべてが楽しくて、マイナスの意見よりプラスの意見のほうが圧倒的に出る。

私はハマりたての頃それこそこれでもかってぐらいインターネットの海を巡り、気づいたら朝になっていたっていう経験があります。時を超えすぎて本気でびっくりしたものです。

Twitterでの感想をまとめるのもいいと思います。

ツリーでめっちゃ長文書いている方とか見ていると「分かる~」ってなるし、でも一方で全部に片っ端からふぁぼ飛ばしていくと「過去のツイートめちゃくちゃふぁぼ飛ばしてきている人がいるの怖がられないかな」みたいな気持ちになる。

ブログは「形に残るからこそ過去の自分に対して”お前そんな…そんな…やめたまえよ!!!”」みたいな黒歴史と化すような記事の内容だってよくあります。ええあります。それこそ振り返ったら今すぐ全部消したい記事とかも私はあります(笑)

定期的に確認されている方はそういう意味ではすごいと思うばかりですが…。

 

ラジオ番組のDJやってる気持ちでやってます

 

私はラジオ番組が好きでちょこちょこ聞いているのですが、「ブログは私のラジオ番組」という考えに至りました。

ラジオっていっても色々あると思います。お題があってしっかりやって、コンセプトも何もかもしっかりしたものもあれば、やれ松坂桃李くんが乗り込んできてひたすら遊戯王の話だけして不能犯の話どこにいったの????ってぐらいポカーンとしちゃう某菅田将暉くんのオールナイトニッポンだって。

じゃあ自分の中で適していたものはどれかっていうとオールナイトニッポンのゆるさと、コンセプトをそれぞれにドッキングしたものでした。

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どっかでそのうちジングルが(入らない)


今でこそ「オシゴトガタリ」というコンセプトを立てて人へのインタビューを行っていますがそれをやる前までの自分のブログを見てみると「見たこと」「楽しんだこと」のただたひたすらの感想録になっています。

考察っていうか……考察……?みたいな感じですが(笑)

 

自分のブログはラジオ番組の心持ちでやってます。

自分はDJ、相手はリスナー、合わなかったらチューニングしてもらってカットしてもらえればオッケーみたいなかんじ。

でもって企画(コーナー)だって「思いつかないな」って思ったらやめたっていいじゃないですか。「この更新待ってるぞと思ったらぱったり企画のきの字すらなくなったぞこのラジオ番組」っていうパターン、結構見てきました。

お金出して作ってるラジオ番組だってそうなんだから自分だって諦めたって、やめたっていいじゃん!!(いいじゃん)みたいなテンションで今も続けていられるのは「だめだと思ったら自分の中で方向性をいかようにだって変えていく」つもりでやっているからです。

それこそブログも本当に合わないなって思ったらやめたっていいと思うんですよ。だってラジオだって打ち切りありますし。軽率に初めていいし軽率にやめていいと思うんです。私ブログの名前、それこそ現在の「柑橘パッショナート」になるまでに3回はてなブログの段階で変更してますし(笑)

 

人は変わる生き物です。

推しに対して「最近の推しについていけない」っていう考えがあるパターンもある。それは推しが変わったのか自分が変わったのかっていう話になったりするじゃないですか。アニメやゲームでも「かつては好きだったのに自分の好みが変わってきた」みたいな。そういうのって別に悪いことじゃなくて環境の変化だったり付き合う人の影響を受けての変化だと思うので、相手も自分も否定しなくていいと考えています。

これはブログにも該当することで、「なんかこう…思いつかない」「ネタがないわ~」「やりたい気持ちはあるんだけど」ってなったらブログの方針転換したっていいじゃないですか。だって自分が書いてるんだから、楽しいことしたいじゃないですか(笑)

 

ブログって、個性の塊だと思います。

喋り口調の人もいれば、だ、である調の人。

論文傾向の人もいれば、本当にTwitterのように細かく分けて書かれている方。

色々だと思います。いろいろでいいと思います。

 

自分の中で書いていくと最終的に自分自身の考えがまとまったり、逆にまとまらなかったことがわかったりしていって、自分自身の中での照らし合わせができます。

だって書いているうちに「そうか私は何にめっちゃ楽しいってここのこのところがすごい楽しかったのか」とか「なぜこんなにも行き場のないモヤモヤを持っているのか。そうか、これか」みたいなのとか。ある意味自分と対話している結果なのかな、と感じたりします。

 

「語彙力がなくて言葉にできなかった」というのだってめっちゃわかる~~の極みですし、私本当一体「めっちゃ」とか「好き」とか「~と思います」と使ってるの??ってぐらい使っているわけですが、それでもなんとかかんとか今日まで至っているわけです。

 

ぜひあなたの、あなただけの、あなたが「感じたこと」を記していってもらいたいなと!!!

それこそ好きな作品一人ずつなんかつらつら語っているとかTwitterで「○○話の▽▽君めっちゃかっこいい~~~エモい~~~!!このシーンの顔最高か~~」とかだって、十分記事のネタになるわけじゃないですか。私はそういうの勢いあっていいなーってなりますよってことをここで声を大にして叫んでおきます。

 

amanatsu0312.hateblo.jp

 

「こういう意見もあるよ」っていうことを一つ。

今正に友人で「ブログ書いているの見てるとすごいなーと思う(挫折したから)」と言われたのでその友人にもうメモでいいんだよぉ…そのメモを見せてくれよぉ…っていう気持ちで書いています。軽率に!軽率に始めたってイインダヨー!!!!

 

というか今日8月31日っていう意味で夏休みの宿題的なノリで言ってますが本当気楽に…マイペースにいけたらいいですよね。楽しいよ~~~という叫びでした。

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