柑橘パッショナート

二次元、三次元、映画、アイドル、サッカー他諸々の多趣味の結果、好きなことをアウトプットするためのビュッフェタイプになったブログです

「トリッパー遊園地」の悲喜こもごも所感(2019/04/09追記)

A.B.C-Z河合郁人さん主演舞台「トリッパー遊園地」を観劇してきました。

私が観劇したのは東京千秋楽だったので、ネタバレを回避しながら実際に自分が見た上でどう思うかの気持ちを大事に観劇をしてまいりました。

トリッパー遊園地、終わってみてインターネットを色々泳いで見たら結構是非が分かれていて、実際に自分でも「好き」か「苦手(合わない)」という部分があったので色々な意見を汲み取りつつ「なるほどなあ」と思い、感じ、考えてきました。

で、自分でも考えれば考えるほど「でもな~~いやでもまてよ~~??」とグルグルそれこそ観覧車のように回る状態を繰り返していたので、自分の中で答えはこれ!!っていうのは相変わらず出ていません。

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”トリッパー遊園地”という作品を考える

A.B.C-ZGo!Go!5*1の3月9日・西寺郷太さんがゲストにいらっしゃった回の放送で次のように河合さんは言っている。
www.nack5.co.jp

 

  • 初日稽古からずっと稽古は順調。
  • 稽古4日目でご飯を食べに行った。すごく皆仲がよい。
  • シーンとした空気がない。ずっと誰かしら喋っていられる。和気藹々としている現場。
  • 一緒にいる辰巳雄大と周りからはイチャイチャしているって言われる。
  • いい意味で自分だけ「自由」。バスケを全く知らないでバスケを始めた桜木花道の気分。何も知らない中でも自分だけ何故か余裕。
  • (お芝居の感想メールとかもほしいですね、に対して)感想ほしい!ダメ出し以外でほしい(笑)

 

最後の部分はどこまで本気なのかはわからないけれど、個人的には「お金を払って見たからこそ、色んな意見が会ってもいいかな」っていうふうには思います。まぁそれを「本人に直接」言うタイプの人と、そうではない人と其々いると思います。

マイナスイメージ、ネガティブイメージについては河合さんは自分でめっっっっっっっっっっちゃくちゃエゴサーチをするお人です。

例えばザ☆少年倶楽部の「欲望のレイン」の流れが炎上したこと*2とかも知っていると言っていたことがある。J's倶楽部ではファンのTwitterで河合さんの炎上芸がネタにされることもあるし。

そういう意味では御本人も「まぁこういう意見があるのかな」っていうくらいの感覚で、受け止めているんじゃないかな、って印象です。

いろんな意見があってしかるべきだと思うし、その上で「お前はどう思った?」という意味でブログを書いていこうと思います。

このブログを河合郁人さんならびにスタッフが読んでいるかどうかはさておき、「自分がこう思った」ことのまとめです。むしろ読んでいないでほしい。まとまりのない散文だから(多分間違いなく読んでないけれど)。

 

とにかく、自分が抱いた所感全部まるっと含めて書いておきます。

自己判断大事、自己防衛大事ということで。注意事項はそんなかんじです。

あと盛大にネタバレかましてます。

トリッパー遊園地について

この作品は、松竹が主催する人情劇的なお芝居になっています。

▽公式ホームページ

www.shochiku.co.jp

 

主演はA.B.C-Z河合郁人さん。そしてふぉ~ゆ~の辰巳雄大さんが共演に並びます。

河合郁人辰巳雄大が挑む、あつくはかない時間旅行

平成最後に伝えたい、世代を超えたかけがえのない思いがここに―――

まもなく終りを迎える平成。第二次世界大戦終戦から74年が経ち、世はインターネットが主流のデジタル社会全盛期。次代への期待と不安が渦巻く今だからこそ伝えたい、熱き人たちの生き様を届けます。

(公式ホームページより参照)

 

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公式フライヤー

松竹は公式フライヤーをホームページ*3から拡大して見ることが出来るので遠方で手にとることができない人も内容を表・裏とどちらも確認できるのが良いなと感じます。そういうところがとても手厚い!!(笑)

 

見ていて、主演が河合さんであることは多分間違いないのですが、同時に共演者に辰巳雄大さんがいるので、こう…イメージとしては両方にバランスをとった作品なのかな、とも。

 

作品の内容について

まず、2019年の現代(それこそ今、こうしてブログを書いているこの瞬間!とイメージしてもらうとわかりやすいかも知れない)で生きている山ノ内マサヒロ(河合さん/31歳、男、独身)が「この遊園地を一度潰して立て直し、リゾート複合施設にしよう」という計画を立てています。

戦前よりあるこの遊園地を守ろうとする寅次(榎木孝明さん)が、レトロ感が満載の観覧車に「昔を思い出せ」とマサヒロを乗せて動かそうとしたとき雷鳴が轟き、マサヒロは1944年第二次大戦最中にある山ノ内遊園地にタイムトリップしてしまいます。

その中で出会う、「山ノ内遊園地」を守ろうとする人々や遊園地を楽しもうとする人々。マサヒロと対比的に生きる山ノ内ショウヘイ(辰巳さん/戦時中に生きる青年、設定年齢不明、男性、未婚、次男)を通して、たくさんのことを見て、感じて、考える。

「どうしてそこまで必死になるのか?」と思いながらも、「楽しむ」とはなにか、どうあるべきかということをマサヒロが学んでいく。そんな話です。

 

悲喜こもごもを感じて考える

この作品の核となる部分が「笑える日々っていうのはなにか」っていうのだと私は感じたのですが(人情劇あるあるなので)、重要部分であるいつの時代にしても変わらない「好き」「誰かとともにいたい」「笑っていたい」「そばにいたい」という気持ちが印象的でした。

 

気になる所

ショウヘイがハルちゃん(惣田さん)と観覧車(※もう動かない)の中で話をしよう、と、ほんのりと青くも初々しい恋愛物語が始まる中での突然の挿入歌にびっくりしました。

戦時中の引きつる空間の中でも人の心は止められないし、人と人が近くありたい、この人が好きだという思いを持つのは同じです。そのなかでめっちゃ洋楽。

突然の洋楽。びっくりしました。想像したよりめっちゃ洋楽だった。

がっつり挿入歌が入ってくることはそんなに気にしないのですが、こう、知ってる…それTSUTAYAとかでオムニバスで入っているので聞いたことがある……!っていうあれでした。戦時どこいった。

 

演出に関して音楽の使い方、SEの使い方っていうのはとても重要だと思うのですが、今作に於いては「トリッパー」であるマサヒロがいるので多少何してもまぁ許容範囲かなって思える部分もあると思うんですが「お、お前…めっちゃ洋楽使うじゃないか…」とびっくりした。この辺マサヒロが横でミキサー(音楽操作)しているとかならまだまあ納得したのですが、活弁士の方がめちゃくちゃ喋っていた横で普通に流れて「よっ!待ってました!」と茶々を入れているということはまぁつまるところ彼は展開を「見ている側」なのでおやって思ったり。

コミカルにしたいっていうのもわかるんですが、ポップの極みになってたので感情が「お、おう!?」とびっくりしました(笑)

 

また、結構話題になっていた「お前いつまで松葉杖ついてんねん」というお話なのですが、今作ではマサヒロが松葉杖をつくシーンがあります。

これは「ちょっと隣町に行く(半強制的に行く羽目になる)」マサヒロが、道が舗装されていないデコボコ砂利道をひたすら歩いていった結果足をくじいてしまう→見かねた周りが松葉杖を差し出してくれる流れです。

そこまでは良いんですが、めっちゃ足くじいて痛いね?!!っていう。現代人体力なさすぎ問題に驚きました。そのシーンだけだったらまだいいんですが、次のシーン(おそらく後日)で、遊園地でキビキビ働いているマサヒロが松葉杖続いている。

「お前足くじいてるだけじゃなかったんか!?!」っていう驚き。思ったよりも重症…?!っていう衝撃。靭帯切ったレベルなのかと思ったらそういうのではなさそうだったのでちょっと安心したけれども。

思わず気になって「足挫いた 松葉杖」でGoogleに検索かけたりしてみました。なるほどよくわからない。

flyfsa.com

「軟弱な現代人」という描写で取り入れたんだろうなっては思ったんですがその後の遊園地での呼び込みシーンでまだついているのは正直何のためだろうって思ってて、そのフォローがなくて(「お前いつまでそれつけてるんだ、もう3日だぞ」とかショウヘイに言われて「いてーもん!筋肉痛やべーの!お前らとちげーの!」って現代人的な感覚でコミカルに返すのかなって思ってたらそういうのがなかったので…)、そのまま大日本帝国軍人との揉め事のシーンに流れで入っていき、「帰還兵か」とか言われる流れになるわけです。

戦地での負傷からの帰還に関しては今やっている朝ドラ「まんぷく」で要潤さんの演じる忠彦さんは戦地で色弱になってしまった部分があります(彼は戦時中での帰還ではなかったけれど)

だから別にそんなに気にならないのですが「そんなもの(松葉杖)を持っていたら色々勘ぐられるぞ」とショウヘイに言われたことに関して最初「?」って思いました。

松葉杖の中に改造刀があるとかそういうのかな……とか必殺仕事人あるあるの発想(=反逆の恐れあり、とみなされる)なのか、それとも「怪我人のフリしてて戦地に赴かない非国民」なのか、とか。

だから、このシーンで松葉杖が続いている理由、描きたかったものは何かな?って疑問で首を傾げていました。

  • 【前提】
    (1)足が痛い→挫いた~も~!!!道ちゃんと整備しろよ~!!!っていう「平成の現代人軟弱」ぷり描写のための松葉杖

    (2)遊園地での勧誘している中での松葉杖をついている(疑問その1「何日後」なのか、「そんなに重傷なのか?」?)

    →(2)で考えられるもの
     ・マサヒロめっちゃ軟弱
     ・弱いからできないよねっていうマサヒロなりのアピール(体張れませんって意味で)

  • なぜ「そんなもの持っていたら(ついていたら?)軍に勘ぐられるぞ」と怒られたのか、「何を」勘ぐられるのか?
    【自分なりの予想】
     ・戦地から脱走してきた男(マサヒコ)がバレるのが困る
     ・目立つ格好(杖)で目をつけられたら困る(これは多分間違いない)
     ・松葉杖には実は隠し刀が!!?!!的必殺仕事人発想

コミカルで、Aを伝えるためにはっきり「A~~!!!英語のAだよ~~~!!!」って叫びながらやるお芝居みたいな感じがあったので、だからこそなんでかなってめっちゃ不思議でした。

 

あとは疑問というか、「なぜそこで笑顔でバンザイしちゃったの」というか、マサヒロのナチュラルに馴染んでしまう部分がちょっと自分の中で分からなかったんですよね。

立場柄「戦争は良くない」「国のためだろうとなんだろうと人が死ぬのは良くない」「日本はそもそも負けるし、やっても何にもならない無駄死にだ」という価値観、思考を持っているマサヒロが人と関わっていく中で葛藤が本当になかった。

戦地に赴く祖父が行ってしまう中で、そんなのしちゃだめだと止めるけれど未来は覆せない。自分が過去に来てもその流れは変えられない。

その中で、ショウヘイや他の人たちと出会い、触れ、関わることで「考え」が変わるというのがこの作品の真核的部分であるわけで。

「戦争は良くない」という未来人、現代人的な発想を主張しているにも関わらずショウヘイの出征に対し「任され」て、バンザイをする。その時の表情がえらく昭和というか、笑顔でバンザイしちゃってるのが個人的にはとても引っかかりました。

ハルとマサヒロがおそらく対比として描かれているショウヘイのシーンで、ショウヘイを「男」として「任された」以上、送り出すと決めたマサヒロがバンザイをして、ハルがバンザイができずこらえきれず膝から崩れ落ちながらもバンザイと泣きながら言うということは、多分彼らの三者三様それぞれの心の変化はあると思います。

だからこそ、「笑顔」でバンザイする前にワンクッションがほしかったと言うか。現代人だからこそ、現代人ゆえの葛藤というか。行かないでほしい気持ちと、こいつは決めてしまったんだという理解と、だからこそ「俺が守りたい」となるまでの流れというか。

 私の思い入れのある作品の中で「めんこい仔馬」を描くシーンがあります。

めんこい仔馬

めんこい仔馬

  • provided courtesy of iTunes

 これ、1番はとても明るいけれど後半になればなるほどしんどいんですよね。

描かれているのはちびまる子ちゃんの「わたしの好きな歌」っていう作品なのですが。

ちびまる子ちゃん―わたしの好きな歌 (りぼんマスコットコミックス)

ちびまる子ちゃん―わたしの好きな歌 (りぼんマスコットコミックス)

 

 93年段階での(ちびまるこちゃんの時代でいうともっと昔ですね、昭和レトロの当時の日本を描いている作品です)価値観での、小学校3年制の子が見たもの、感じたものを描写されているのですが、やっぱり「嫌だよ」ってなるわけで。

もちろん「そうであれ」というつもりはないですし、この「トリッパー遊園地」でのマサヒロがどんな風に感じでショウヘイのことを「バンザイ」という形で見送ったのか……っていうのは「めんこい仔馬」の登場人物や「わたしの好きな歌」でのまる子とは違うと思います。

人が違うわけだからそれはそれでいいんだけれど、じゃあ「どういう風に感じて、その行動に至ったのか」っていうのを、見せてほしかったかな。

 

そういう意味では、「じいちゃん死んじゃったけど、父親が生まれてきた」的の下りのセリフが「それでいいのかなあ」っていうのもあって。

戦死したじいちゃん(マツジさん)への扱いがちょっと雑というか「悲しい!死んだ!でも新しい命生まれてきた!!」で、悼む流れをバッサリ切り捨て感があったのが、「こうやって命は続いていく。まだ希望は消えない」っていいたかったのがわかるからこそセリフもうちょっと……もう一声…なんか…寄り添えるもののほうが…幸せなんじゃないかな、と。重たくて、でも優しいの混合になっちゃった状態の流れだったからこそ、強い言葉より包んでほしかったな~っていう個人的な引っかかり。

 

あとこれとても単純に疑問なのですが、マツジさん(祖父)が亡くなったあとに自分の父(マコト)が生まれたばかりの状態に立ち会うマサヒロという年齢に少し疑問をいだきました。

1944年生まれである父親ということは戦後74年であるということは現在彼の父は74にあたります。そして、現在彼・マサヒロは31歳になります。

31歳ということは昭和63年または平成元年生まれ(1988~1989/芝居公演中に学年は変わりそう)に値するわけですが、その流れを考えると、お父様(マコト)にとっては44歳の頃の子どもになるわけです。

だからこそマサヒロが「甘えて育った」「ボンボンだった」という風に言われたらそれきりなのですが、そういった描写がなかったので「年齢的に大丈夫かなあ」と思ってしまったのもありつつ。また、寅次さんが現役で整備士をされている点を考えると彼の推定年齢がとても上がってしまう難しさがあって、見かけと中身の年齢のギャップがあり、自分の中で全体的に年齢層が高すぎて「大丈夫だろうか」っていう気持ちもありつつ。

お芝居のことを鑑みるならマサヒロせっかくの平成生まれ平成育ちで、「昭和と平成またいできました」という関ジャニ∞の曲じゃなくて「僕らは平成Only! 昭和でShowは無理! あっちもこっちもいいね! Hey-Sayはいいね!!」っていうHey! Say! JUMPな世代になるわけで

そのへんなんかポイントとしてピックアップあってほしかったなと言うか、帰ってから「31歳独身ってことは平成元年生まれってことか…?!」と気づくのがあんまりにも遅かったので(笑)もったいないなーって話でした。

でも拾い続けるとキリがない気持ちもわかるので、このへんは個人的に「つまりそういうことだったのか…」というあ~~~なるほどな~~の納得に時間がかかったという話です。

 

演出面でいうと真面目なシーン、日本的なシーンの中にピコピコ音といえばいいんですかね、のギャップが強かったです。洋楽を使ったり、ジャジーな所謂「西洋の塊」的なものを入れまくったのを見ると「戦時中の日本」という題材に対しての空気感が自分のイメージしていたものとは異なったというか。

脚本の好み/演出の好みがここには出ると思いますし、脚本として戯曲として好きかと聞かれると私はトリップ物のジレンマと周りとのズレみたいなものをどう描くか興味があったので「そうか~」っていう気持ちが強かったです。

これが「松竹らしさ」と言われたらそうなのかな、とも思いますが(普段の松竹をあまり見ませんが、こういう空気だよって言われたら「そういうものなんだろうな」とも取れるというか)。

 

 

通称「ショウタイム」と呼ばれていましたが、ショウヘイとマサヒロが踊るシーンなのですが、作品を度外視してそこ「だけ」を注視するととてもいいものでした。

友人ともども「ああいうTHEショウ系の衣装が河合さんはとても似合う」部分と相手である辰巳雄大さんが対比的な衣装、ミラー的な踊り、とても細やかでしなやかであると噛み締めさせていただきました。あそことてもかっこよかった。

ただ、一方で、「この作品でこの曲で大丈夫なのだろうか」っていう…時空を超えてやって来たマサヒロだからこその価値観で「こういうことが出来る!」っていうことだとは思うのですが、頭の硬い、そして時代柄大和魂炸裂しているショウヘイがそんなさっくり踊るのだろうか。踊れるのだろうか。という、素朴な疑問が…。

いや、踊れても良いんですけれども(コミカルシーンとして)、彼の中に葛藤はなかったんだろうか。そんなもん誰がやるものか、と突っぱねなかったのだろうか、とか。

 

作品の要所要所「ここを見せたい!」という見せ所に対しての点と点が結びつくのがいささか急だったので彼らの「心の動き」が自分の中で汲み取れなかったのが残念でした。とてもきれいな踊りで、とても楽しそうに踊っていて「エンターテインメントショー」として良かったからこそ、音楽と衣装の西洋文化っぷりに対して彼らの心の動きが「柔軟すぎない??オッケーなの??いいの?!そっか~~オッケーかー!!」みたいなかんじになってしまったのが、自分の心の整理として追いつかなかったのが引っかかりました。

一般公募のお話

この舞台では一般公募で「あなたがトリップしたい時代、場所、してみたいことはなんですか?」というものがありました。

「もしタイムトリップできるなら、いつどこに何をしに行きたいですか?」
という内容で皆様からのエピソードを募集したところ、たくさんの応募が集まりました。
いただいたエピソードにはすべて目を通させていただき、採用者の方を決定させていただきました

トリッパー遊園地公式サイトより)

 

で、そのお芝居の中で自分の意見が取り入れられ日替わりで内容がちょこっとだけ変わるということがありました。

 

www.shochiku.co.jp

 

「もしタイムトリップできるなら、いつどこに何をしに行きたいですか?」
という内容で皆様からのエピソードを募集したところ、たくさんの応募が集まりました。
いただいたエピソードにはすべて目を通させていただき、採用者の方を決定させていただきました。

当日、皆様からのエピソードがどのようにセリフとして登場するか、乞うご期待ください!ご来場、心よりお待ち申し上げております。

(公式ホームページより)

 

どういう基準で選んでいたのかは全くわかりませんが、何にしてもお芝居ってリピーターが多いっていうお話は以前関ジャムにてV6坂本昌行さんがゲストにいらっしゃった時に井上芳雄さんだったかな、が、お話されていた*4のを記憶しています。

 

だからこそ日替わりキャストになっていたり、日替わりの部分があったりといろんな点があると思うんですが…………今回の件の「特に違う」「ちょっとしたお遊び」を入れたのはこの点と、未来について話すところでした。

 

で、東京千秋楽に選ばれたお話は「2011年PLAYZONEに戻って河合さんの怪我を阻止したい」というものでした。

まずこのお手紙が当たるのしんどいな~っていうのが個人的にありまして。というのは私が多分その一件を経て、「A.B.C-Zとしてデビューし、進み続けようとする」今の彼が好きなのもあるし(もちろん怪我なんてないに越したことはないけれど)、それって今の今までのその経験を踏まえて超えてきたことが「なかったこと」になるわけで……というすごく…あの…自分で言うのもなんですが、面倒なことを思っていました。

寸劇の一幕なので、気にしなくていいと言えばいいのですが、その一件を「怪我した本人」が拾ってその時を振り返らざるを得ない環境を作るのってまぁ、うん、しんどいなあっていうか。

あとそれについて全く知らない、0からお芝居を見る人(→河合郁人さんを知らない人)が見た時どうなるんだろうって思うとそうかあ難しいよなあって思います。

ただ、「そういう人たちである」「過去にこういうことがあった」というのをいじるというか、作中に盛り込むこと自体は私は良いと思うし、ザラにあるのですが…こう、折角ならポジティブなもので東京千秋楽終わりたかったなっていう気持ちがありました。

どんなに寸劇として楽しいものであったとしても、「怪我」というフレーズ、そして絶対的に苦しかったりしんどかったりする中での内容っていうのはそれこそ真っ白な紙にシミができちゃうような感じで、結構最後まで個人的に引きずってしまったのが残念だなったなあと。

このへんは選んだ方と私の好みが異なったということなので「そうか~~そうかあ」ってかんじでしたが。

好きな所ももちろん有りました

マイナスというか「疑問点」がたくさんある中で、一方で「ここピンポイントで好きだな~」っていう点も沢山ありました。

この作品は全体的に「シリアスな時代の中でも笑おうとしていた」人々の物語でもあるわけで、ポップに触れていこうとする部分が強いように感じて、そういう意味では子役の子たちのお芝居がとてもはつらつとしていました。 

 

また、純名里沙さんのお歌が非常に一幕で印象に残りました。ばん、と花があるというか。軽やかに歌っていて、歌詞が聞き取りやすく素敵でした。

芝居では榎木孝明さん、純名里沙さん、渋谷天笑さんのお三方のお芝居が印象に残りました。何をどう話しているのか、聞き取りやすくて一番うしろにいる人にまで「何を」話しているのかが聞こえてきてとても良かったです。決して声を張る芝居ではないキャラクターだとしても、後ろの方にはっきりに聞き取れる滑舌ってお芝居に於いて欠かせないだろうし、ピリッとした緊張感が生まれているのが見ていて取れるのがいいなあと思います。

 

河合さん、辰巳くんのお芝居に関してですが私は河合郁人さんのお芝居というと「ABC座」と「コインロッカーベイビーズ」ぐらいしか見ていない層なのですが、四季とかの発音がはっきりした、お芝居として聞き取りやすいお芝居をしてほしいなっていうのが見ながらより思えた意見でした。発声がはっきりしているからこそ、なのかもしれませんね。また友人は「私河合さんがどうしようもなくなって何もできなくて慟哭する芝居めちゃくちゃ好き」と言っていてなるほどなあと思いました。

追い詰められれば追い詰められるほど、混乱と困惑の中にあればあるほどもがこうとするキャラクター性というのは普段の河合郁人とのギャップが見られたらいいですよね。

 

また、最後のライトを照らしてアメリカ軍からの空襲に対し目がいくような状態にしてやろうと遊園地を華やかにしているところ。それが外れたときの「ちゃんと狙えよ」ドスをきかせてまっすぐ見据えている芝居が友人の今日一!!!になったらしく。

私も同様のシーンがすごく好きで、またその直後の狙ってきたときのそうそうそう、それでいいんだよ!!!こっちにこい!!と自己犠牲に疾走るマサヒロのやり方には賛同できませんが(どんな形であれ自己犠牲的概念はあまり好きではない)マサヒロの表情、動きが好きでした。

現代的に生きて、現代のあり方である彼がたくさんの人の影響を受けて「守りたい」と奔走するという選択肢で「何が何でも守ってやる」「ここにきた意味」についてよりも「俺がこうしたい」って走ったというのが良かったかなと。

 

また辰巳雄大くんに関してはお芝居を拝見するのははじめましてで、ラジオ(J's倶楽部)や、バラエティ、様々なトーク番組で見る機会こそあったのですがこうして「お芝居」として見た時に思ったのはとても精悍な人で、花道を使って歩くときの表情が険しく、泣きたいような顔でありながらもまっすぐ進むという部分が良かったですし、何より彼もお芝居として厳しい状況の中で生きる男としてよかったと思います。メリハリがあったというか、無骨ならではというか。

カーテンコールでの挨拶で追加公演に本気で驚いている様は見ていて面白かったです。素の表情素のあり方とのギャップというか、が、強いな、と。あと、舞台挨拶でできるだけ「お客さん」を見ようとしているところが印象的で、お客さんの表情を見たり反応を見ながら言葉を紡ぐところも含めて好感度高かったです。

普段一緒にいるメンバーが作る別の「顔」を見に行くということ

spice.eplus.jp

この舞台にA.B.C-Zとふぉ~ゆ~の他メンバーが観に来てくれるか? という質問に河合は「(A.B.C-Zは)来てくれると思います。でもとっつー(戸塚)は緊張します。やっぱり戸塚と辰巳は同世代の役者として刺激をもらえる人だから」とコメント。すると辰巳が「塚ちゃん(塚田僚一)は?」と話を振る。河合はすかさず「まったく(緊張)しない!」と答えて大笑い。「でも塚田は真剣に観て感想を言ってくれる。いちばんのほほんとしているのが五関(晃一)なんです」

(上記URLより)

 其々別のグループに所属していて、それぞれにやっているコンセプトが大きく異なります。

また、そのグループにいたとしても其々が目指す方向というのはメンバー個人個人でも違うと思います。で、その上でメンバーが見に来た中で何を思うのか、また逆にメンバーは何を思うのか。そんなことを考えます。

A.B.C-Zもふぉ~ゆ~もメンバー其々がお芝居を控えています。五関さんのお芝居は個人的に好きな演出家である中屋敷法仁さんが手がけられるので見に行きたいんですけどねぶっちゃけ取れる予感が全然しないんですけどね!(笑)戸塚さんは今度は辰巳さんとそしてかとべと未だにわたしの友人たちから言われる加藤和樹さんと出る。こちらも楽しみなんですけれども。

塚田さんが”真剣に見て、真剣に感想を言う”という言葉にエンターテイメントというものに向き合っている姿として好感を得まして。自分たちと同じように自分たちが好きなものをどういうふうに考えてどういうふうに昇華を自分の中でしていくのかな、って興味があって、そういう意味も込めて彼のブログが好きです。そういえばコインロッカーベイビーズは地方までいらっしゃったと聞き本当にびっくりしました。そういうところすごいなあと思います。

一方で河合さんもそのお芝居に対してしっかりとメンバーの晴れの舞台に足を運ぶことが多いですし、彼は映画館でラスト・ホールド!見に行ったとお話していましたね。そういう…なんですかね、刺激があるのっていいなって思いました。ふぉ~ゆ~も、其々でお芝居をしつつお互いの集まった場所に昇華をしていくのがいいなと思います。いつかそちらも見に行ってみたいという興味がありつつ。

 

演出と脚本について

今回の演出家さんは川浪ナミヲさんということで(脚本も別名義ながら御本人だそうです)、ラスト・ホールド!の脚本を手がけたお人と知りました。

当時を振り返りながら、ああそうか、という納得もありつつ。

amanatsu0312.hateblo.jp

 そういえばラスト・ホールドも松竹系だったので、傾向としてそんなかんじなのかなあとも。

”ジャニーズのお芝居”と言ってしまえばそれっきりなのかも知れませんが、ダンスを入れたり歌があったりと、なんというか幕の内弁当的な感覚で楽しませたい作品だったのかな、とインタビュー等を見ていて感じました。

 

また、役柄について・内容について当てて書いているパターンよりも私は「演じるなら全く違う”えっこんなんやるの”」っていうのが見たいタイプだったので、河合さんにもチャラけているようなものよりもっと離れている役柄を見る機会がまたあったらいいなあと今回の舞台を見つつ思いました。辰巳くんに関してはダウンタウンDXで見たりとか色々なところをふわっと見ているぐらいなんですけど、ショウヘイとだいぶ違う印象でした。そういう意味でも「この人こんなのやるんだ」「ここまで読み解いてこういうふうに作り上げたんだな」っていうのにであえたらいいなあって思う次第です。

大千秋楽を迎えて(2019/04/09追記)

ということで、大阪松竹座にて大千秋楽をぶじに迎えられましたね。お疲れ様でした。

東京、岐阜、名古屋、大阪と様々な場所でトリップしてこられた中で、しっかりと表情が見えるところで観劇をさせていただく機会が東京後ありまして、友人と見てきました。全体を通してみなさんのお芝居が新橋演舞城で見るよりもずっとぐっと良くなっていると感じました。声を張り上げるとき、自分の感情のゆれの動きも含めて「佇まい」「声」「身にまとう空気感」で非常に見やすく伝わってきました。

 

マサヒロの慟哭のシーンは私が見た時よりもずっと「慟哭」という要素が付随されていて、ここで幕引くのか~というわかりきっているけれどしんどいなという形でした。

1幕の引きの仕方がコインロッカー・ベイビーズのキクが銃を引いてしまったときの慟哭に似ていて、友人が「私河合くんの慟哭めっちゃ好き!!目がもうグルグルになってるかんじがするのがめっちゃ好き」って言っていて「それダンガンロンパじゃん」っておもうわけですけれど(褒めてる)言いたいことはわかる。ダンガンロンパの表情芸の中で目がグルグルする流れあるんっですけれど、大体あんなかんじ。でもあの目はどっちかっていうとハシの状態に近いと思う。狛枝くんにありがちなやつ。

 

最近話題の横浜流星君なんならダンガンロンパ2の舞台にいたし*5、CLOCK ZEROというゲームの舞台にもいたんだぞとトッキュウジャーからの派生に友達が湧いていたことを思い出すわけです。

 

話を戻しますが、今回もう一度舞台を見ることで、まず最初に自分が持っていた疑問に対して「お芝居」の中でいくつかわかったことがありました。

 

マサヒロがショウヘイの出征に対しバンザイができたことについて

表情がよく見れる位置で(その前のときは全体を見るのに必死だったことと、席で表情を伺うことは難しいところだったのもあり)、彼の表情を意識してみるようにしたとき、「山ノ内ショウヘイ、バンザイ」と言葉にしたところを考えたときに、具体的に表情を見ると目には泪があり、今すぐにでも落涙しそうな状態にあります。歯をぎりぎりと噛み締めたなかで、ハルという「ショウヘイの想い人」「ショウヘイを想う人」の傍目から見てもわかる相思相愛の二人が彼をどうにか送り出そうとしている。いいたくもない「万歳」を口にして。

ハルの、”めんこい仔馬”でいうところの、5番の「笑顔で万歳してやるぞ」の意気込みを「もういい」と遮るかのように万歳をしているのだと感じました。

明日は市場かお別れか 泣いちゃいけない泣かないぞ

軍馬になって行く日には

オーラ みんなでバンザイしてやるぞ

ハイド ハイドウ してやるぞ

(めんこい仔馬、5番より)

 初見の時に「涙堪えての万歳なのだろうか。現代人なのに、あれだけだめだと言っていたのになぜ」という疑問を持っていた中で「表情」で表現していたのを感じて、また、ショウヘイとハルの様子を見てマサヒロが口にしているのを確認したので(ハルが泣き崩れているところを見て、ショウヘイをみて、そのあとに「山ノ内ショウヘイ、万歳」という流れだった)、彼はハルが「非国民」という扱いを(笑顔で万歳できない、国のために散るという勇敢な男の流れを、自分のためだけに阻止しようとしている、という流れでさもありなん)阻止しようとしているのかなと。

「泣いてはいけない」「皆を守るために」「だからこそ彼を見送らなければならない」「彼に託されたのだから」という解釈かな、と。

だから、「泣いちゃいけない泣かないぞ」とこらえながらの万歳をしているマサヒロを見ながら(展開を知っているくせに)なんかうっかりホロリとしてしまった。

 

めんこい仔馬で言うと3番もしんどいんですけど*6、ショウヘイの「死地にいっていない、出征もいっていない、国のためにこうあらねばという概念」を持っている流れからの「誰かのために」「自分のみの周りの人を守りたい」という気持ちを抱き始めた流れかの「国のためにあれ」という流れに対して非常に興味深かったです。

ハルや、沢山の人達と接するときのショウヘイの表情がより色濃く出ていて、哀愁が漂っている気がしました。だからこそ、最後まで「言うべきではない」という心持ちであったのだろうか、ともね。

私は戦争映画はあまり得意ではないのですが(硫黄島からの手紙父親たちの星条旗を並べて見たときのメンタルしんどいわ~~感。どっちの目線でもしんどいやつ)、その上での”行っていない”からこその目線というのはとてもあって、ショウヘイはその象徴のように描かれている気がします。

朝ドラ「まんぷく」で「僕も先生のように戦争に行きたかった」という画家の卵がいうセリフがあってそこで画家が本当にブチギレるシーンがあるんですが(そりゃそうだ)(そしてお前は何を言っているんだって思う)、そういうことなんだろうか…ともね、考えたりします。

 

また、榎木孝明さんが非常にナチュラルかつ自然体なお芝居をされていてとても素敵だった中で、前半少し不調そうだったにもかかわらず後半には完全に軌道修正をされて、完璧に戻しているのを見て「す、すげ~~!!」と全くわからない素人目にもわかる「俳優のスイッチ」みたいな切り替えがバシッとされているのがすごいと感じました。すごかった(語彙力がない)

 

お芝居として「おや…おや!?」という部分もありつつ、「なるほどなあ」というふうに切り替えられた部分其々に有りましたが、2回見に行くことで見つけられた発見があったりと色々考えていくことができた作品でした。

出演者の方々が「ぜひ再演をしたい」というお話をされているのですが、そうなった時には今感じる疑問、素朴なクエッションが払拭されると良いし、ますますの良い作品に仕上がって貰えたら嬉しいなと思うばかりです。

*1:A.B.C-ZGo!Go!5はFM NACK5から発信されているラジオ番組です。

*2:Sexy Zone菊池風磨くんと中島健人くんが歌ってる中を河合さんが割きながら歌う、みたいな演出があった。個人的にこれは「演出」だと思っているけれど、まぁ燃えた。

*3:https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/enbujyo_201903/

*4:ミュージカル回の際

*5:https://www.youtube.com/watch?v=CVlTNpmuoSI

*6:紅い着物(べべ)より大好きな 仔馬にお話してやろか 遠い戦地でお仲間が オーラ 手柄を立てたお話を ハイド ハイドウ お話を / めんこい仔馬3番より