刀剣乱舞についてどこまで知っていますか、という問いかけをされたとして「大体は」と私は答えると思います。
理由としては、もともと刀剣乱舞というゲームが出るというころ話題になっていたし、何より私はもともと二次元の民をしていたからです。
で、最初に刀剣乱舞というゲームがサーバー落ちた時に「やだ刀剣乱舞怖い…」となった民です。
話題のジャンルになり、あっという間に人気ジャンルになっていっているところを横で見て、大幅に追加になったころ、私も審神者(プレイヤー)に仲間入りを果たしました。当時は博多君が始まったくらいだったかな。結構遅いユーザー。そう、それが私。
こちらが大本の刀剣乱舞。
そして私が始めたくらいに追加された博多くんこと博多藤四郎。
ただ、刀剣乱舞のゲーム性が自分に合わなかったのでそうなんだーと眺めている専門にもう昨今はなりっぱなしです。
新しく刀剣がきたら「そうなんだ~新しい子きたか~」みたいなかんじ。その繰り返し。
とかいってて、きがついたら舞台、ミュージカル、アニメ。様々なコンテンツで広がりを見せましたね。
流石に舞台&ミュージカルになったときに「やると思った!!!」ってめちゃくちゃ笑ったわけです。
で、笑ってたらキャストが鬼すぎて「おいおい2.5次元舞台俳優有名どころ集まりまくった大乱闘スマッシュブラザーズシリーズ状態じゃんチケット取れるのこれ??」ってめちゃくちゃ震えたのは懐かしいおもいで。案の定友人各位がチケット取れなくてちくせう!!!となっているのをみました。みんな強く生きて。
更に気づいたら2018年刀剣男士がうっかり紅白歌合戦出場しててめっちゃ笑いました。えらいこっちゃ。ちなみにこっちに出ていたのは「刀剣乱舞ミュージカル」の皆さん。舞台のほうとミュージカルでキャストが違うのが特徴。どっちのキャストがやばいのかってどっちもやべーよ!って教わりました。佐藤流司くんがいるほうがミュージカルという認識。サスケとテニミュから加州清光になられた印象。
佐藤流司くんに関しては前にA.B.C-Zの「今夜はJ's倶楽部」にも出ていらっしゃいましたね。ラジオゲストで刀剣乱舞のお話していたのは記憶に新しい。
そんなこんなで自分の中で原作を知っている刀剣乱舞がたくさんコンテンツの広がりをみせてきた中で、公式にしろファンにしろ何にしろいろんな形でジャンルそのものに対して「炎上*1」も起きていたので「こっわ〜〜近寄らんとこ〜〜」となっていた(※刀剣乱舞だけが、とはいわないです。色んなジャンルに人がいたらそれだけ炎上や揉め事も起きる)そんな私が、刀剣乱舞の映画をみにいってきました。
なぜか。そう、理由は簡単です。
刀剣乱舞ミリしらの特撮が好きなみなさんが見に行ってきて大満足して帰ってきたからです。
脚本小林靖子。通称靖子にゃん。自分もその名前を刀剣乱舞の映画で発表されて「あっいきたいな」ってなったクチです。電王やシンケンジャーなど特撮ではおなじみですね。
そんな、ゆるい「なんとなあぁぁぁくな知識をもったゆるい審神者がゆるく映画を見てきた結果の感想」がこちらです。
いつものことながらネタバレしてますのでご注意!
- あらすじについて
- キャストについて
- 刀剣男士による目的≒ドラえもんのタイムパトロール隊
- 主人公は「誰」?
- 本丸は各自の解釈によって違って当たり前
- ストーリーについて
- ”無銘”という存在について
- 役者さんについて
- 2.5次元の人って「声」がすごい
- 映画が「二次創作」と思うがゆえの弊害
- 演出面について
- ゲームの「二次創作」として
- 追記に関して
ということで映画刀剣乱舞のざっくり感想を書いていきたいと思います。
あらすじについて
天正十年六月二日 京・本能寺。明智光秀が織田信長を襲撃した“本能寺の変”に、歴史改変の魔の手が迫っていた。
燃える寺から信長を逃がし歴史を変える、そんな時間遡行軍の計画は、刀剣男士たちの活躍により打ち砕かれた。ところが、無事任務を終えて帰還した彼らに届いた「織田信長生存」の一報。本来の歴史に戻すため、刀剣男士たちは織田信長暗殺を目的に再び過去へと出陣するのだった。 どうやって信長は生き延びていたのか、怪しい動きをする影、そして立て続けに歴史介入をしてくる時間遡行軍。彼らの本当の狙いに気付いた三日月は… 正しい歴史とは何か。守るべきものを守る戦いが、今始まる!
(TOHOシネマズ公式より引用)
キャストについて
基本的なキャストは実際にすでにやっているお芝居からそのまま起用されています。
なので、2.5(原作がゲームアニメなどの2次元のものを三次元というかたちで形取るものをさします)での彼らを受け入れた人(もちろん苦手な人は苦手でいいと思う)には入りやすいのかなって印象でした。
ストーリーについてはみんな大好き本能寺の変。メインメンバーになるところはやはりというべきか信長公や秀吉とゆかりのある人たち。
歴史上人物にスポットを当てているのは信長、秀吉、光秀まででした。あとは森蘭丸かな。
あなたのベストオブ信長は?っていわれるとかっこいい信長、カリスマな信長、魔王な信長、まじ鬼だなって信長とそれぞれいるんですが(ちなみにかっこいい信長なら個人的に下天の華の信長公をあげたい。人間面的な部分に注視されていてよかった)、今回の信長公は山本耕史さんが演じていらっしゃいました。土方さん生かす新撰組主体ストーリーじゃなくてよかった…!!と完全に新撰組!(大河ドラマ)をおもいだしつつ。今回の信長公については歴史上人物ではありながらあくまでも「比較的メイン」になっているだけであって、どちらかといえば刀剣が主体だからそこまで掘り下げがなかった印象です。
刀剣男士による目的≒ドラえもんのタイムパトロール隊
刀剣乱舞における審神者と刀剣たちの目的は「時代の流れを変えて世界と時代を変えようとする輩を止めようとする」っていう、ドラえもんにおけるタイムパトロールと同義です。
つまりめちゃくちゃ極論いうと旧石器時代が舞台のドラえもんのび太の日本誕生的なストーリーだって彼らはあり得るわけです。まぁそのへんの旧石器における刀剣が出てきてないから今のところセーフなんですけど(笑)
この「タイムパトロール」との考え方は正直ドラえもんが好きな私としては「今作」の刀剣乱舞の考え方は近いと思います。
T・Pぼん (1) (中公文庫―コミック版 (Cふ1-5))
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未来改変としての考え方で、ドラえもんの本筋として大きく関わることにあげられるのは「野比のび太とジャイ子が結婚する未来から、野比のび太が源静香と結婚する流れにする」だということ。
そしてこの点に関してドラえもん第1話でのび太が「それやばくね?!」ってツッコミをセワシくんにしてますが、DNAの混ざり合い的に最終的に同じところにくるからセフセフという話をしています。また、具体的な点として「オッス!オラ未来のお前!これからお前に明日のロト6のあたり番号を教えてやるぜ!!」みたいなのはNGだけど「おっすおれ未来のお前!!お前あした石に転ぶからそれ外しておくな!」っていうのはセーフという話がありました。
今作における刀剣乱舞でもそのことに触れています。
まぁ時間遡行軍(この作品における敵)の発想はドラえもんのび太の日本誕生におけるギガゾンビみたいなもんです。
ドラえもんはいいぞ!!!(笑)
主人公は「誰」?
この作品では「三日月宗近」が実質主人公といってもいいでしょう。
審神者という絶対権力者の元、一番近しい「近侍」になっています。近侍とはゲームにおける本丸画面にいつも表示してくれるお人なんですが、なぜ彼を選んだのか、というのは作品における彼が看板的な、代名詞的な存在だからというのもあると思います。
ちなみにちょっと話それるけど私の近侍は最初から現段階に至るまでずっと「むっちゃん」と私の周囲に言われています。
正式名称「陸奥守吉行」。ばーんのおひと。初期刀のひと振りです。かわいくてかっこよいぞー!!!(語彙力がない)
画像が出てこなかったのでデザインはコトブキヤのラバーストラップでなんとなく「ああ~~」ってなってくれたら嬉しいです。というかぐぐったら多分一発だから!!!!
三日月宗近という刀剣が最も美しいと言われているから、というのもまたしかりでしょうが、一方で舞台、ミュージカル、アニメでも主軸にいることが多いのは「彼」という存在が刀剣乱舞というゲームにおける最初の顔ともいえる存在だからです。初期刀(最初に選べる存在)ではないかもしれないけれど、彼がアプリではアイコンになっているし、存在もやっぱり大きい。
まぁそうだろうなっても思います。彼を見て始めた友人も多いのでなるほど納得。
本丸は各自の解釈によって違って当たり前
今作における「本丸」(本陣)では審神者(ゲームにおけるプレイヤー)はご年配の男性となっていました。堀内正美さん。
特撮ファン、特に仮面ライダードライブを見ていた人は「うわっ真影(敵キャラ)!!!!」ってなるし、ウルトラシリーズをご覧の方もおなじみのお方です。みんなどっかで見覚えがある。そして私は安定のドライブが好きな人なので「う、うわ~~インタビューではめちゃくちゃおちゃめなのにめちゃくちゃ悪役やられている堀内さんだ~~~!!!」でした。
まぁそれはさておき。
刀剣乱舞という作品は正直ゲームにおけるキャラクターの本質というものが非常に薄いです。
「みんなこれだけしかないセリフの中からどうやって各位の性格を汲み取って二次創作に変換してるの…?!」ってぐらい少ない。どこからそういう解釈してきたんd…えっ刀の背景を調べ上げてそういうふうに…?!と刀剣乱舞のファンが解釈を掘り下げて探して自分なりの考え方に仕上げてきているのを私はpixivとかいろんなところで見てきました。
ただ、その上で、肉付けされていく彼らの性格というのは、結局どれをとっても「それぞれのイメージ」=解釈にすぎないわけで、別にそれでいいと思っています。
だってモデルはあれど本家であるはずの「ゲーム」が細やかな描写がないので(本当にやり取りが少ない)そこから求められるのは自身のイマジネーションだからです。
「解釈違い」という原作ありきの作品に対するジレンマというものがどうしても生じてしまいがちなアニメ/ゲームからの派生ジャンルですが「もうここの本丸はそういうもんなんだ」という解釈がしやすいほうなんじゃないかな。
それぞれの本丸によって性格がえっらい違う、関係性がえっらい違うのはユーザー的に見ると「まぁあれだけセリフ少ないしね」っていうので「そんなもんか」っていう認識になれました。
実際活撃(アニメその1)と花丸(アニメその2)でえらくテンションは違うし、二次創作でもブラック本丸*2になったり逆にまったく違うほんわかになったり、まぁいろいろですよね。
活撃のワンシーンはこちら。
花丸は此方。
>>キャベツ<<
ということで、うん、ぜんぜん違うということがわかってもらえたかと思います。
だから、この「映画 刀剣乱舞」も、私からすると「一つの二次創作」「一つの本丸のあり方」という解釈でした。
俳優さんが同じ鈴木拡樹さんたちでも、舞台とはおそらく違う解釈だろうし違う性格をしているだろうし「同じ顔をしているけれど、同じ姿をしているけれど、別物」というのを実際に形になって体現されている、という印象です。
ストーリーについて
三日月宗近という男の抱え込み方が「じじい(怒)おまえ(怒)そういうとこだよ!!!!!!!!!」っていうこう、一人だけが抱え込んで口をつぐむ、というのは本当に小林靖子さんが得意とする手法&技法で、見ていてもどかしさとともに彼らが理解して「共闘」にいくまでの過程は実にこう…ドラマチックに描かれていたと思います。
信長暗殺についての過程について「そういう歴史の見方もある」「実は歴史はこうだったんだ!!」というのは歴史ものにおける常套句というか、大河ドラマでも死に方考え方はぜんぜん違うので「おっ今作の信長はそういうノリで明智に殺されるのか~~」みたいな。直虎における信長は「ヒエッ怖っ!!!近寄らんとこ!!!竹千代頑張って!!」みたいな感じだけど、真田丸における信長は「絶対君臨勝ち目がねえ…」という覇王感だったし(どちらかというと頭がキレて心を掌握していくタイプが直虎の信長、ってイメージ。真田丸の信長は物理的なかんじだった)、そう言う意味で「こういう解釈で、こういうふうだったら…?」というのがベースでした。
歴史というのは勝者によって綴られるものだからこそ消されてしまった部分がある。それはよくある話で、後世になってこれは違ったんだ、という文献が出てきたり変わってきたりするのもよくあります。そのへんはじゃあどうなんだ?って言われると作品の時間軸が2205年(だったかな)がベースなので、それより未来でまた変えられているかもしれない。
真実がわかった時、「そうだと思っていた」ものが変わる瞬間というのについては今作の薬研藤四郎の描写で「そう」いうふうになっています。
刀は刀で「記憶」があり、その記憶が靄にかかっていることは刀が焼けてしまったり、形が変わってしまったり、様々な形でダメージをおったものが故にあやふやになるというのも多い。だから薬研藤四郎が描写として「最後を看取った刀」であるにもかかわらず覚えていない、っていうのは「一緒に死んだ」からという解釈にされていました。
各刀剣の立ち位置というのの描写としては「元の持ち主」の立ち位置と、彼らの考えとのリンクとして描写されています。
例えば山姥切国広に対して彼が「写し」であることについての描写はほぼ皆無でしたし、全員がどんな刀でどういう立ち位置で、というものはありませんでした。
今回における重要性は「誰の刀であるか」。
もともと下賜されたへし切長谷部は信長に対してこじらせている部分がある(ゲームでも言ってた)(そしてそれは様々なメディア展開でもネタにされている)ので、一言二言セリフにあったのが印象的。
骨喰藤四郎を今回起用したのは彼が記憶を失っている存在であり、三日月宗近との対比(覚えているということも込めて)と、薬研藤四郎との兄弟刀であること、また、「同じように失っている部分がある」ということも込でだと思っています。
それぞれの刀には「それぞれの刀の考えかた」(=彼らは物ではあるものの、人の形を為している、付喪神的な立ち位置と解釈しています)があり、そういった点も含めての「刀剣男士たち同士の考え方の相違」みたいな描写も多く描かれていました。
”無銘”という存在について
映画オリジナルキャラクターであると同時に、おそらくしばらくしたら実装されるんだろうなっていう印象の今作のキーキャラクター「無銘」こと「倶利伽羅江」。
無銘というのは何者でもない、無名とかけているのだろうなって印象なんですが、このへんの描写について、刀剣乱舞でいうと「顕現」(→刀剣男士が刀から人として形をなす状態)してきた形だとは思うのですが、どっちかというと私は「ど、ドロップされてきた~!」って印象でした。
ドロップとは、それぞれの面をクリアしたときに見つけられてきた状態のこと。
彼らはどこから来るのか、どうやって見つけられるのか、という疑問を形にしたのかな~っていう印象です。
まぁ同じ人物(刀剣男士)が複数いるなんていうのはザラなことなんですが、作品に結びつけるという意味で「洗脳(→遡行軍側に組みされている)」しているっていうふうに描いたのかなと。
戦うことで洗脳がとけ、時代修正を行ったことによりドロップ(=もとに戻る)で刀剣男士として本丸にやってくる、という印象。
倶利伽羅江はまだゲームで実装されていなかったので、正直見たときに「お、お前誰だ~~~!?」って驚いたのは言わずともがなでした。正直薬研藤四郎だなお前!!!!って最初予想していた(笑)
ただ、この作品における彼が必要な理由は「明智光秀の刀」としての立ち位置なので、描写として起用されたのには納得しました。出すだけだして出しっぱなしで「お前必要あったか?!!!」ではなかったのが良かったです(笑)
役者さんについて
髪の色がすごい、非現実的な存在である二次元のキャラクターを2.5に落とし込んでしっかりと描写するというのは困難であること間違いなしだしどうやっても賛否両論があるのは間違いないのですが、よく貫いたなあと思いました。
当初見ていて違和感というものはどうやっても拭えないと思うのですが、私は割とだんだん見ていて浸透していきました。
「漫画」「ゲーム」「アニメ」ならではの喋り方というか、セリフというのかな。「こういうもの」を言うのを三次元に引っ張ってくるとそれに違和感を感じるっていうのはままある話で、それを「違和感なく」作中の中で浸透させていくのってすごいな~って思います。
2.5次元の人って「声」がすごい
また、2.5次元ものというのはなかなか難しくて、俳優のみなさんがベースとして寄せるのは「キャラクター」であると同時に「声」が非常に重要だと思っています。
アニメ・ゲーム(後は漫画もかな)がベースであるとどうやっても動いている姿があり、それを三次元に抑えるというのは難しいなかで、彼ら一人ひとりが「このキャラクターだったらこういう立ち振舞をする」というのと同時に「こういう呼吸のとり方をする」「こういう喋り方をする」というのを研究→再現されている印象でした。
特に主演である鈴木拡樹さんに関しては「三日月宗近」という言い方、「はっはっは」という笑い方、「なかなかどうして」と含んだ言い回し。
どれをとっても「めっちゃ鳥海浩輔意識されてる~~~!!!」って思いました。めちゃくちゃ調べぬいて研究しているんだろうなと。
三日月宗近をやっているときの鳥海さんのお声がちょっと見当たらないので参考程度にアニメから。
すごい似てた。
ちなみにこれは鈴木拡樹さんだけではなくて他の方もしかりで、例えば同じく「三日月宗近」を演じられた黒羽麻璃央さんも似てた。というか最初うっかり同一人物だと思ってた(すいません)(ご指摘受けて追記しています)
すごいな~~もうなんか「すごいな~~」しか言えない。2.5次元みんなすごいな!!!
以前「下天の華」という舞台を見に行ったことがあるのですが、こちらを見て秀吉を演じられた方がめっちゃ「口から森久保祥太郎…」って思ったぐらいには似てました。びっくりした。皆さん超研究している。
いろんな形の「表現」があるとは思うけれど、ここでブレスとか、ここでこういう風に声優さんは呼吸をおいているな、というアレンジの仕方って相当調べないとわからないわけで。いや~~すごいな~~って舌を巻きました。
2.5次元の人たちの「表現したい物」というのの細やかさっていうか、「舞台」という作品において相手を納得させるベクトルがお芝居であり再現度であり、その再現度の中に「声」が入っているんじゃないかな、って思うと、勉強になります。そりゃそめさまも声優されたりするよね。最近2.5次元の俳優さんもたくさん声優業をされているので、見ていて楽しいです。
映画が「二次創作」と思うがゆえの弊害
いいところもあれば悪いところもあるというか、「これ多分苦手な人絶対出てくるな~」っていう描写もありました。
まず「代替わり」というシステムについて。二次創作でよく見る!!!(笑)っていうのはありますが、そもそも刀剣乱舞ってそういうユーザーのデータ引き継ぎは可能ではなかった気がするんですが、いいのかなあとか(ここの本丸の設定ではそうなんだろうとは思うんですがね)思ったり。
後は最後の小さい子供(幼女、といってしまえばわかりやすい)の審神者についてもこれまた苦手な人は絶対いるんだろうな~~と思ったりしました。子供の世話をする刀剣男士について私はほっこり癒やされましたが、一方で「設定的に誰をどう派遣するのかとかこんな小さな子がやるの?」っていうので、どうにも苦手という人がいるのもまた事実です。
後は前述した倶利伽羅江について。実際に存在するとはいえどこにもまだ実装されていなかった存在が出てきたことに困惑される人がいるのも「まぁそうだろうな~」とも。
私はあまりそれ用に描写されていない作品の恋愛描写は得意ではない人なのですが*3今回の描写で「ここの二人はそういうのではない!!」っていう人が出てくるのもまぁ、それはまぁそうだろうなとも思わなくはないです(今回については主ジャンルじゃないからアレですが…)個人的には許容範囲というか「そう言うふうには見えないけれど、そういうふうに怒る人もいそうだな」ってぐらいですが。
刀剣男士の振数を見たら自分の好きな刀剣男士が出る/出ないという部分も絶対的にあるとは思いますがこの辺に関しては致し方がないとはいえ、映画としての描写として「あ~~ここの本丸の描き方はちょっとあの自分としては苦手だった~~!!」っていう人がいるのもまたそうだろうなとも。
演出面について
桜を使っての移動→登場の仕方がとても和風かつ「刀剣男士」という立ち位置の彼らにおいて必要な描写(顕現するときに桜が落ちてくる)だからこそピックアップしたのだろうなっていうのが非常に興味深かったです。
また、全体的に光を丁寧に使った演出が多いなーって思ったり。自然光だったり火に燃えて紅く輝く部分だったり。
彼ら一人ひとりの戦い方が同じ「刀」とはいえ、太刀や脇差、槍、担当とそれぞれに違うからこその戦い方があり、また衣装に対しての立ち振舞も細かくされているので殺陣大好きな私としてはすごく良かったです。
が、せっかくなので体重移動がどんなふうにされているのか、力の入れ方抜き方、志村~後ろ後ろ~という状態からの回避の仕方も含めて「もっと引いた状態」でのシーンも見たかったです。
きれいな顔なのは分かる。わかってる!知ってる!!みんな美しい!!とてもいいね!!!
でもみたいのは顔だけじゃなくて全身をどういうふうに使っているかなんだ!!!!!っていうところ。つま先はどこを向いていて、体重はどんなふうにどっちよりにかけていて、やってくる敵に対して全身をどういうふうに使って交わして動いているんだろうとかそういう……そういう…!!
裾捌きの描写や、一振りした後の刀の収め方、それらも含めての所作の美しさというのは三日月もさることながら、長谷部の容赦ないかんじも好きです。カソックにも似た彼の(※へし切長谷部は黒田家の刀だからだとは思いますが)戦い方が美しかったです。
そういう意味では日本号とのコンビとしての戦い方も見ていて楽しかったので、ツーマンセルとしての山姥切国広と薬研藤四郎の戦い方も引いて見てみたかった。
(左がへし切長谷部 ※花丸)
日本号がぶんぶん振り回しているの見て「む、無双だ~~無双タイムだ!!!」とワクワクするのは多分私が無双が好きだからです。
せっかくのお衣装だったからこそ大立ち回りは全身を写してもらえたら嬉しかったな。お腹から上だけでは!!正直もったいない!!(笑)
後は本丸の描き方でこんのすけ(※ゲームのプレイヤーを誘うナビゲーター)があくまで描写を控えたのは英断であったと思います。いると…ほら…どうしても…ぬいぐるみ感がでてしまいそうだなと。もしくは実際にいるきつねに3D演出を加えたりとかしなくてはならないのでしょうが、でもそれをすると一気にチープ感が出てしまいそうで。こう、ああいう「マスコット」的な立ち位置ってめちゃくちゃ難しくない?って思うわけで。だからこそ扱いを出さないっていう選択肢は自分としては良かったんじゃないかなあと。
あくまでも出陣時の出入り口としての場所で稲荷として飾っている(そしてそのカメラカットで大きく描かれている)というのはいいなと思いました。
ゲームの「二次創作」として
二次創作というのはどうあってもマイナスに捉えられがちですが、私は「原作があるもの」は結局二次創作だと思っているので、冒頭で言ったとおりこの【刀剣乱舞】という映画に対してはゲームの刀剣乱舞で散りばめられた資料と、他作品展開のものでの解釈を見たり、考えたりして、そこからまた自分たちの「解釈」を広げていったものとして受け止められました。
ゲームという原作があるなかで、独自の解釈があるというのは私は悪いことではないと思うし「原作通りに全部やらなくてはならない」というふうには思っていません。銀魂にしろBLEACHにしろ鋼の錬金術師にしろジョジョの奇妙な冒険にしろ「誰」にターゲットを絞っていて「どういうふうに」見てもらいたいか、どういうふうに作るか、が映画における醍醐味なのかなと。
そういう意味では、「映画 刀剣乱舞」はキャストが舞台の方々であること、その舞台作品も人気コンテンツであること、加えて刀剣乱舞という作品を知らない人にも伝えていくこと、というものを鑑みて「原作」という土台と舞台の部分を加味して作った新しいもの、という解釈をしました。ターゲット層は「今までの刀剣乱舞が好きな人」をベースに据えているので、前述したものたちとは少し違うかな、とも(前述したものはターゲット層は自分の認識では「原作を知らない人」だと思っています)(知らなくても楽しめたらそれはそれで良いと思うので。ちはやふるの映画とかもそうだし)
ただ、一方でじゃあ合わなかったという人の意見を否定するかと言われたらそんなことはなくて、ずっといっている「この本丸はこんなかんじか。そうか、解釈違いだったわ」でいいんじゃないかなと思います。
それぞれにそれぞれのイメージする本丸があって、自分のイメージにあっているかあっていないかはもう好みや考え方、趣味趣向の問題になってくると思うので…。
私は刀剣乱舞というゲームをゆる~~~~く、それこそ本当にたまにポチポチするぐらいで、展開をぼんやり見守っているユーザーですが、一方で二次創作として様々な世界を掘り下げている人たちの世界を見ていて「そういう考え方もあるのかあ」という意見として楽しんでいる部分もあります。
明確な目的(=時代の介入を許さず、正しい流れにする)はあれど、どんなふうな解釈でどんなふうにストーリーを紡いでいくのかは「あなたの心次第」な部分の自由度が高いゲームだからこそ、いろいろ考えたり意見がかわされたり、その結果舞台やアニメといったマルチメディアコンテンツになっていっているのではないかなと思ったりするわけです。
そういえば映画冒頭に映画泥棒のくだりのCMがあったわけですが、以前アニメの銀魂の映画のときにも見たのでいろんな形でリピーターを獲得しようとされているのだなあと見ていていろいろ考えさせられたり。
ただまあ正直私みたいに「ゆるく知っている人」よりも全く知らない人のご意見のほうが「なるほどな~」「そう見えるのかなるほどな~」っていう意味で分かると思うので、冒頭で話した特撮ファンの方々のご意見をここにご紹介しておこうと思います。
→ミリしらだけど言ってみようかなとおっしゃっていたジゴワットレポートさん。「多分まぁそれはそれで大丈夫だと思います」ってお話していたら早々に行かれていたのでめっちゃ笑った&分かる~~がいっぱいあったのでみてほしい
→ヒーローズ・ログさんの「特撮オタクが靖子にゃんに釣られた」という典型例の形の感想。読んでてそうだよね~っていう新しい発見がたくさんあったのでそれも込で面白かったです。読んでみてほしい。
追記に関して
もうなんか土下座しかできない本当すいません…!!
ご指摘いただき次第片っ端から直しています。ご指摘頂いた冬子さん本当にありがとうございます…!!「おや?」と思った方もお気軽にご指摘ください本当すいません!!(土下座)
*1:活撃アニメスタッフのツイートが燃えたりとか(あれで活撃見るのやめた人も多いと聞く)、そもそも艦これのスタッフが苦言を呈したことがあったりとか(システム面のことで)、公式絵師がこの二人はBL(※その設定は特に言っていない)とかね、いろいろあるわけです。ファン同士の諍いは公式の炎上ではないとは思いますが、実際耳にしたもの、目にしたものもあるので、結果としてジャンルそのものが外側から見て「怖い!」ってなってしまう悲しさ。
*2:プレイヤー(審神者)が赴任してきた先では刀剣男士はモノ同然でブラック企業よろしく状態になっていたっていうのが多い。一種の”嫌われた状態”から自分の立場を確立するまでのストーリーとして描かれることが多い
*3:BL描写、ともいう