柑橘パッショナート

二次元、三次元、映画、アイドル、サッカー他諸々の多趣味の結果、好きなことをアウトプットするためのビュッフェタイプになったブログです

語らぬ娘vs絶対言わせる母の仁義なき弁当バトル「今日も嫌がらせ弁当」感想

「今日も嫌がらせ弁当」という作品が公開されました。

本作の原作となったものについては以前TwitterはじめSNSで話題になっていて、まとめサイトで見かけて「お母さんすごいな~」って眺めていたわけですが、それが今回映画になったということで、”食べ物が好き”な人種として映画鑑賞してきました。

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今日も嫌がらせ弁当



ということで、以下感想をつらつらと。

 

「今日も嫌がらせ弁当」について

シングルマザーのかおりは、自然と人情が豊かな八丈島で、次女の双葉と暮らしている。可愛い娘が高校生となり反抗期に突入、話しかけても返事すらしない。かおりは娘の嫌がる“キャラ弁”を作り続けて逆襲するが、やがてそのお弁当は、母から娘への大切なメッセージへと変わっていく。
娘もまた「ウザい」とぼやきながらも、何かを受け取るように一口も残さず食べ続ける。

(ホームページより)

監督は「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」の塚本連平。テレビドラマのほうが個人的には彼の作品と相性がいいイメージがあります。

主演には篠原涼子。娘の次女である双葉が芳根京子

 

原作はアメブロで更新されていたブログが大本。現在は書籍化にもなっています。

ameblo.jp

今日も嫌がらせ弁当

 

今日も嫌がらせ弁当

今日も嫌がらせ弁当

 

 

映画の感想

想像していたとおり、非常にコンパクトかつコメディ要素の強い母娘ものでした。

原作のことを「タイトルとバズったことは知っている」ながら、どういう話なのかをふわっとしか(娘が反抗期だったので嫌がらせ弁当を始めたという話)知らなかったので、ああこういったかんじに手を加えていったんだなあって印象です。

かおり(篠原涼子)は一人の母親として、2人の娘たちを育て上げてきたシングルマザーである一方で社会人としてうまくパートや内職で生計を立てていたわけですが、一人は自立し妹と二人暮らしのなかです。

娘の双葉に関してはちゃんと「ごめんなさい」を言えるようになるまでの時間が非常に長くて。もうしゃべらない喋らない。見てて目をそむけたくなるぐらいの痛々しさがありました。

自分自身が大きな反抗期というよりもずっと持続しているような姉タイプの人間なのもあってか、ああいう双葉の無視の仕方がひたすらに見ていて「うわあ…」って思いましたが、根っこがいい子なのでご飯はちゃんと食べるしお弁当を作りを止めさせてもいないんだなっていう、こう、純朴なかんじがすごくしました。

 

また、東京の自分と似たような境遇であるシングルファーザー(佐藤隆太)とのコミュニケーションで世界がちょっとだけ変わって色づくというのは良いなと。

ただ一方でそれをすぐ「恋愛」に直結されると人と人のコミュニケーションすぐ恋愛につなげるの個人的には余り好きではないので好みが割れるかなという印象。

どこまでが本当でどこまでが違うのかはわかりませんが、母と娘の実際にあったお話に脚色を加えていくという意味では見ていて非常にテンポが良い、後うっかり絶対展開が「こうなるだろうな~」の様式美をわかっていても胸に来るというのは少しのノスタルジー(自分が過去に親にお弁当を作ってもらっていた側として、そして誰かに作る身として)を感じるのかなとも思います。

 

長女へのスポットが当たる回数は少なかったですが彼女が「そりゃあ親元を離れるよね」という両者の架け橋になっているようにも感じられました。

双葉に関していえば食べ物に対してお弁当をぶちまけたことに関しては正直殴られて当然だと思いますし、そのへんはかおり描写が多かった以上「それはないわ」っていう気持ちになりました。どんな状況にしても食べ物を粗末にするのはNG。

これが後半に繋げての焼き芋の流れや「食べ物が好きだから今の仕事にしたい」という気持ちに繋げていくのだとは思うのですが前半はともかく後者の部分、もう少し描写があったらよかったなあと感じます。

ただ、「皿は流しに」の下りは非常にコミカルで、反抗期だけどちゃんと言われたこと守るという部分は実にキュートです。芳根京子さんのお芝居が純朴で真っ直ぐであるのもあって、見てていいな~ってなりました。

 

「手作りが一番いい」??

作中で出てきた「愛情を込めている最初から最後まで手作りのお弁当」の下りについては正直自分が自炊をするようになってから「すごい」とは思っても「出来合いのものが悪いわけではない」というように感じるようになりました。

本作についてはシングルマザーであるかおりと娘である双葉の交流の都合上、「絶対認めさせる」っていうのと、八丈島という場所を鑑みての「冷凍食品」とか「できあい」のものが少ないというものもポイントに入るんじゃないかなって認識なのですが…。

いざ自分が誰かにご飯を作るとき、いざ自分が誰かにお弁当を作る時。

私は率先して冷凍食品や出来合いのものを組み合わせています。

それで「愛情がない」って言われるのは非常に遺憾の意だし、「効率が良い」と言ってほしいなって思います。

だって冷凍食品だろうとなんだろうと美味しいものは美味しいし、その「弁当を作る」過程は大事なことだと思うので……もちろん主人公や東京のお父さんたちは「オール手作り=愛情がある!」という考えかもしれませんが、私は「出来合いとうまく組み合わせてそれで美味しければそれでいいし、愛情がないみたいな言われ方は残念だ」って考えって感じなんですけど。

だってぶっちゃけ私親にお弁当作ってもらってるとき「こういうのよりハンバーグとか食べたいよなあ…」って思ってたこと、ありましたし(今思うと大変申し訳無い)、そういうのもやっぱり、結構あるんですよね。

 

八丈島のお話として

ほのぼのとした雰囲気の中で、東京都ながらも島である八丈島を舞台にした本作では何度か「ここも東京だけど」という自虐が含まれており(いわゆる「東京=都会」というパブリックイメージに合わせてだろうけれど)、そのへんは東京に住んでいる人間として地元を少し卑下するような言い回しでちょっと残念でした。

ただ、雰囲気がとてものどかで穏やかで、空気感が伝わってくるやり取りというのは見ていてきれいだな~素敵だな~ってなりましたし、一度いってみたいなあという心持ちになりました。