友人の伊於さんが「これ絶対あまなつさん好きだと思うし、読んでおきなよ」という課題図書を言い渡されて「はーい」ってなったまま数ヶ月。忘れていたわけではないけれど「そのうちやるかあ」とまったりしていたのですがアニメイトにいく用事があり(※ペルソナ5のせい)もう数年かけて行く機会もなかったアニメイト新宿は相変わらず大きいなあと眺めていた所、その本を見つけ「ああ、そういえば読んだらいいと言われていたな」と思い出し、ついうっかり購入。
ここ最近Kindleで本を読むことに慣れっぱなしだったので、紙の本を読むことに「紙ってさ~~いいよね~~」って気持ちを懐きつつ、その本を読んだ結果「割としんどい」となりつつ案の定伊於さんの掌中にはまり、とてもおもしろかったのでレビューを書いておきます。
※ネタバレしているのでご注意ください
「春の呪い」とは
ゼロサムオンライン(pixivコミックス)で連載されていた小西明日翔さんによる漫画。
小西明日翔さんはTwitterでは「鉄男」さんと名乗られていて*1、二次創作およびオリジナルどちらもイラストや漫画を描かれています。
切剣 現代パロディ
— 鉄男 (@3Fe2O2Fe3O4) 2017年11月11日
公園で息抜きでもしようものなら9割の確率で職質を受けるので、アルトリアを横に置くことでそれを回避する切嗣。なおアルトリアから話しかけることは偶にあるが基本会話は無い。 pic.twitter.com/2P93SyESKj
これはFate/Zeroの切嗣とセイバー。
現在は月刊アフタヌーンで「来世では他人がいい」という漫画を連載中。こっちも非常に面白いので数巻進んだらおすすめしたいところ。
試し読みは下記URLより見られるので是非試し読みしていただきたい。
で、コミックスはゼロサム(一迅社)より全2巻で現在も発売中。Kindleでも発売されています。
元々この「春の呪い」は、個人サイトで展示した小説を自らコミカライズした*2ということです。
また、この漫画は「このマンガがすごい!2017」オンナ部門で2位を受賞しています。*3
春の呪い 1 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)
- 作者: 小西明日翔
- 出版社/メーカー: 一迅社
- 発売日: 2016/04/25
- メディア: コミック
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そもそも表紙がインパクトがすごい。
喪 服 。
あらすじ
妹が死んだ。名前は春。まだ19才だった。
妹が己のすべてだった夏美は、春の死後、家の都合で彼女の婚約者であった柊冬吾と付き合うことになる。
夏美は交際を承諾する条件として、冬吾に、春と二人で行った場所へ自分を連れて行くよう提示した。
そうして、妹の心を奪った男と夏美の季節は巡り始める――。
名前に「春」と「夏」そして「冬」という名前がキーワードにあります。
春と夏美は姉妹であり、春には婚約者の冬吾がいる。この「婚約」自体は元々親や家の都合によるTHE政略的なものではあるものの、彼らの関係は非常に良好だった、ということが大前提にあります。
読んだ感想
第一声「めっちゃしんどい」「でもめっちゃ好き」でした。
さすが私の友人。その心の傷が残りつつも引きずりながらでも生きていくと決める感じ非常に好きということをよくわかっている。流石である。
此方が2巻表紙。
三者三様の「考え」
第一話、第二話はpixivコミックスで読めるということもあり、ネタバレしていくスタイルで書いていきますが、彼らは決して「なぜこうなのだろう」「どうしてこうなっちゃうの」という漫画に対する鬱憤と言うかもっとポジティブに生きろよ!!明るく生きろよ!!というイライラがあるような描写には感じられることなく、だけれど完璧なスーパーマンとして描かれては一切いません。
それぞれがそれぞれの思惑があり、考えがあり、生き方を見せているのですが、まぁ近くに居られたらたまったもんじゃないな、の部分と、寄り添ってみたいという危うさと、非常にアンバランスに生きています。
けれど三者三様で、それぞれの距離感で、三人がいることで、綺麗なバランスが保たれていました。良いトライアングルだったんです。アンバランスに見せかけてバランスがとれていました。
それが「春の死」ですべてが崩れていくのです。しかも冒頭段階で。
というか第一ページ目にして春亡くなってるから、あくまでも「思い出」から始まるという…読者にとって「この人は妹で夏美にとって大切で、冬吾にとっては婚約者なのだな」という漠然とした所からの「過去」としてスタートするわけです。
夏美は「明るい姉」を演じながら、何を思うのか
夏美という人はサバサバしていて、明るくて、活発で、はつらつとしつつもしっかりとした地に足の着いた女性です。
けれど彼女自身が完全なのではなく、むしろ彼女は彼女で妹に対する「依存」というか、妹のために「こうありたい自分」「こういう風にしたい自分」としてありました。
彼女は進路も、生き方も、何もかも無自覚に「春のため」を選んでいます。
ただ、それを押し付けがましくしているわけではない。明るく、気さくで、本当に妹思い、さっぱりしている。これは「他人が思う夏美」として夏美が描いている自分であると共に、本質的な根暗で「春がいればいい」という気持ちをオブラート40枚位包み隠して生きているからこその部分もあります。
ゆえに《完璧じゃない》。
どこに彼女の《気持ち》があるのか、というポイントは基本的にこの物語は彼女の視点をベースに描かれているだけにはっきりしています。
でも、だからこその彼女の《大切な妹である春を奪った男》である冬吾に対する複雑な思いは非常に顕著で、でも彼女の素の「明るさ」と「ほの暗さ」のせめぎあいは非常に高低差&温度差がある。
こう、見合いのシーンであちら《冬吾側》の目的と、春の視線を見ていたからこそ、彼女は一切合切口を開かなかったのかなという印象も受けました。長女だから、実母が奔放だから、妹がいるから、いろんなものが重なって、積み重なって、それでも「明るい」。その明るさが「夏」だけど「夏の終わり」のようだと冬吾が称したのは実にそのとおり。
そして、冬吾に対してその無自覚だった気持ちを自覚してしまったときの世界の崩壊。ずっとそこに有り続けたもの、自分の心の10割を占めてきた「大切」が、もう既に「ない」とわかった上で、できてしまった新しい「たいせつのかけら」。
一言で言うと「しんどい」。もはや語彙力というものがいらないぐらいに「しんどい」。報われてほしい、でも、報われないこのぐるぐるを経てこその彼女たちなのだろうという気持ち。
つまり……つまりどういうことだってばよ!?となりそうですが「しんどいけれど、生きているってそういうこと」なのかなとか。
冬吾の中にある《葛藤》
元々冬吾は夏美に対しての「自分と付き合わないか」という声をかけています。妹と付き合っていて、それが政略的なものがあったから。けれど彼は元々「夏美」に対して気持ちがかけらとしてあったわけです。それは夏美も冒頭から気づいている。
これはもう既に彼らが「付き合いだした」という《今》で、春との関係を読者が「思い出」としてしか彼らの口で語られないからというのもあります。
春との関係の中で彼は彼女に対して気づいていたのかどうなのかという部分は作中で語られていますが、それでも春が死に、顔を上げられなくなったほどの夏美に対して酷な言葉として(彼女にとっての世界=春であることを知っている上で)、「自分と付き合わないか」という言葉を放っています。そしてそれを受け入れられ、彼女側の条件として「今までの春とのでかけた場所へ連れて行ってほしい」と言う言葉。
死別という状況になった彼らの「思い出」という過去を見ながら、気づいてしまう「今」と、歩きたい「未来」と、色んなものが重なっていきます。冬吾にとっては夏美は「未知」であり、夏美にとってもしかりで。
夏美たちの家庭環境、冬吾の家庭環境を鑑みれば自己主張ということの難しさ、世界=春になる理由なども上げられますが、彼女が「気になっていく」流れも「そうだろうなあ…」と。惹かれている女(婚約者の姉)とずっと共に合った婚約者との場所を訪れる。既に彼女は死んでいたとしても、負い目、罪悪感、は絶対そこに生じるもので。
この描写が後後になって出てくるわけですが、そのときの、朴念仁で表情があまり変わらない、感情の起伏も乏しい冬吾がしっかり顔に出している姿は正直見ていてぐっと心にせまるものがあります。
親とか、周りが求めるような人間として、敷かれたレールをひたすらに進んでいく。そんな人間であった彼に訪れる変化はポジティブなのかネガティブなのか。
私は【ポジティブ】であってほしいと思いながらも、この狭間は超絶ネガティブで心が…心がしんどい…芽生えた変化とともに、積石のようにどんどんと増えていく葛藤は彼にとって重みが増していくわけで。夏美の描写が中心ではありますが、彼の視点だったらと考えると、同じようにいろんなものが見えてくる。心がしんどい(n回目)
春という「ひだまり」の影
この作品におけるヒロイン。優しくて穏やかでいわゆる大和撫子な雰囲気を漂わせた「かわいい」ひと。その名前に恥じない春らしさを持った人なのですが、彼女の本心が「どこ」にあるのかはこの作品において全く見えないのが特徴です。
まさに「死人に口なし」。けれど、夏美や冬吾から出てくる思い出話や、作中で出てくる出来事、セリフ、そして後半のモノローグというか「ことば」から分かることは、彼女も「優しくて、病気で、それでも健気に生きようとする」《だけ》ではないこと。
夏美にも知らない春、冬吾にも知らない春がいて、彼女の心の中には沢山の気持ちが渦巻いている。
春は優しくふわふわと笑っていますが、その優しい「存在」ゆえに、夏美と冬吾にとっての「呪い」となって《傍ら》にいてくれている。
2巻の夏美の感情の揺れ動き、春という存在の意味合いが変わっていくところは超必見。
でも、彼女は語らない。でも彼女は何も言うことはない。彼女の本心など聴けない。だってそれって彼女はもう亡くなっているから。
癒えない傷でも愛しいと思えるのか
夏美と春は既に両親が離婚しており、父親は別の女性と半年後結婚しています。夏美は元々実の母親に似ていて、両親がうまくいかないことに対しての感情も渦巻いています。長女だしね。
元々結婚していても尚「別の女」と心を通わせていた父親と、その「別の女」が母親になったことに対しての感情を、それでも《妹》とともにあるために有り続けた姉なわけですが。対比として見るととても心苦しい。
「今」の夏美の家族関係が悪いわけではない。ただ父親と夏美の折り合いが悪いだけで。今の《両親》と確実に血をつなげている弟と、そうではない《姉妹》だからそりゃそうなわけで。だから、夏美の世界は《春》だったのに、という色んなぐるぐるがうずまきます。なにこれしんどい。
そんな春が冬吾にとられて、結果春は挙げ句に亡くなってしまって。
夏美は一話の段階でフラフラと飛ぼうとしているわけで、そこから「お前が死んだら俺も死ぬぞ」といいます。
彼女の言葉は「あなたが死んだら春が悲しむ」というキーワードがあります。けれど、彼は「死人に口はない」という。
彼らの「共有」しているものは「死人である」でも、ここから生れていく彼らの未知は「彼ら二人にしかないもの」になっていく。そこに死人はいない。ここのポイントはインタビューでも語られており*4、その世界観というか死生観みたいなものがとても感じられます。
春とは呪いであり、罪悪感の根源であり、けれど彼ら二人にとっては大切な存在なわけで。
それでも、選ぶ選択肢ってどれか。筆者は「元々は冬吾を殺して夏美も死ぬ」という選択肢を考えていたといいますが、その点について冬吾はどう思うのだろう、夏美はどう思うのだろう。とか。
それぞれがどこかしらほんの少しずつ「狂っている」けれど、それが「普通」でいて、完璧じゃない人間臭さがあるからこその愛しさがあるのでしょう。。
何、まぁつまりね、何がいいたいかっていうと。
春の呪い、面白かったというよりも、心にできたささくれをつっつくような、そんなヒリヒリとした痛みがあるマンガでした。
実写化しても違和感がないマンガだし、丁寧に丁寧に描けそうだなあと感じたし、いわゆる「世にも奇妙な物語」感もあったし、でもそれだけではないし。物語として人としての心の揺れが見られるという意味ではアニメーションとかでも良いなとも感じるし。
様々な形で作れそうな…それこそ、原作の小説を読んでみたいのですがもう読めないのが残念。非常に興味深いお話でした。
春の呪い、是非お手にとって見てもらいたいところです。