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「ドラえもん 新・のび太の日本誕生」を怒りながら見に行ったのに大号泣した話

ドラえもんの好きな映画と言われたら私は多分「日本誕生」「雲の王国」「アニマル惑星」あたりをあげるんですが、そんな中ですね、今年のドラえもん映画は日本誕生のリメイクとなりました。

 

doraeiga.com

 

最初正直ほんと本音言っちゃえばふざけんなよと

大分怒っていました。名作なんだけど、名作だからこそ、正直嫌でした。

「新しい声優さんになったから」といってももう10年経っています。けれど、一方で「じゃあその声優さんたちにわざわざ昔のものをやらせなくてもいいんじゃないだろうか」というのが個人的意見で。リメイクをするというのはそれだけ「新しい物に自信を持てないんじゃないだろうか」という気持ちを抱いているためです。

だから宇宙開拓史も嫌だし、キー坊の話だってどうなのかなと思いました。日本誕生に関しては特に台詞も覚えるくらいに好きだからなんだかなあと。帰ってきたドラえもんについてもしかり。

これは「新しい声優だから」嫌なのではなく、「新しいアニメだから」嫌なわけでもなく、常にその時代にみあった作品をドラえもんというものは編み出していって欲しいんです。

 

でも、見に行かずして感想なんか語りたくないし、なんだかんだ言っても「見ないで文句を言う」のはやっぱり制作陣に失礼だし、完全に受け入れたくないわけではないので(どう変えてくるのかという興味もあります)

見に行ってきましたよ、ドラえもん

 

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大体のストーリーは一緒。のび太のママとのび太が喧嘩し、家出したいといい、その結果空き地も裏山もどこいっても国または誰かの私有地であり納得いかない!って状況から、7万年前の日本で家出をする話です。そこで出逢った少年ククルとの話がメインになるわけですが……。

 

いやあ完全に泣きましたよね。

びっくりした。ドラえもんやっぱ好きだわってなるぐらいに泣いた。大人でもなくわい。好きなんだよ!(笑)という感じで。最初は比較も兼ねて、やっぱり思い出補正もありますが、見ていたわけです。

それがだんだん引き込まれていく当たり恐ろしいな~と思いました。

ほんで、比較も兼ねて思い出しながらこちらを見なおしてきました。

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懐かしいですね、最近こういうのまだ残ってるのかなあ。

原作もちなみに所持していますが今回は昔のもの/今のものの違いとそれぞれに好きなところを兼ねて感想なんかを。

 

★違って面白かったと思うところ

 

・ママとのび太の「親」へのそれぞれの思い。

(ママ→のび太のび太→ペガグリドラコに対して)がよくよく新ドラえもんではテーマの中に盛り込まれていた気がします。

 

 旧作ではなかった「ママ」がただ怖いわけではなく、彼女もまた人間であり、子どもであるのび太を怖がらせるだけの存在ではなくなっています。

 親に怒られることに対して恐怖するのは子どもにはよくあることだし、怒らせることにビクビクしてしまうのもわかるんですが、完全にお説教モードだったのに怖がっているのび太に対して「この子は自分を怖い存在と”だけ”思ってしまったのでは?」みたいな彼女の気付きみたいなのが非常にぐっと来ました。これって、旧作のドラえもんを見た当時の子どもたちが大人になって、お子さんが出来て一緒にいったからこそ感じる「ママ=自分」として重ねる部分になるんじゃないかなと思いました。

 遅くまで出歩いていて本当は心配なのに、それを怒鳴りつけようとして結局怒鳴りつけなかった彼女もだんだんと「母親」になっていくのだなと思いました。最初から良い母親なんていないわけで……そういう意味で、パパとママの夫婦間ってとてもいいなあと思います。すてきですよね。

 

のび太くんの「自立」という話

 幻影の中での自己面談でいくつか話をしていますし、ママやパパから「一人でやるんでしょ」というのは多分彼の心のなかにどこか引っかかりがあったんだろうな……と思います。少年がひとつ経験を積むというシーンでとても好きなところでした。

 

・人類みな兄弟

 これ「違う」というよりもよりはっきりとしたなあと思う部分ですが、ペット大臣としてのび太が組み合わせて産んだ3匹もそうですし、ククルたちもそうなのですが「みんな同じ、いきつくところは同じ」ということ。

しずかちゃんの台詞で「世界中の人はみんなどこか遠い親戚」という言葉がありました。

 そして、上記の本に、藤子・F・不二雄先生のあとがきがありました。

人類みな兄弟というのは標語ではなくDNAを辿っていけば一人の女の遺伝子に通じると提唱する学者もいます。

 人類みな兄弟、なのです。

 

ついうっかり泣きましたね。未来に向かって突き進む藤子先生の「戦争とかない世界になってほしいですね」というコメントに泣きそうになったのはいうまでもなく。そして原作を読みなおし、アニメを見直し、もっかいぐらい映画いきたいなとか思ったり、ああ日本誕生やっぱ好きーー!!ってなりましたとさ(チョロい)

 

・ククルとのび太の友情/呼称も含めての距離感

 昔のドラえもんだとのび太の後ろにいる存在はしずかちゃんなんですよね。

 ペガの後ろに乗せるのもしずかちゃんです。

 ククルはグリフィンに乗ったドラえもんの後ろ。

 ただ、映画オリジナルキャラクターであり、彼とのコミュニケーションを取るのは人間代表・主人公でもあるのび太であることがはっきりしています(ジャイアンとのシーンも好きですが)

 ブランケットを貸してあげるシーンだとか、細かい部分が追加されたり、最後のシーンにはうるっと来ました。

 幻影からの問いかけに対してそれでも「ククルを助けなきゃ」というはっきりと明確な意思をもったのび太君の心の強さは、やっぱり彼が「心優しくて他人のために泣ける存在」なのだと思いますし、素敵な子だと思いますね。

 そういう意味でも「のび太さん」と昔のドラえもん作品ではククルは彼のことを呼びますが、今回は「のび太」になっていました。ククルというキャラクターもはっきりしていてよかったな~と思います。

 

・村をつくるとき道具を貸さないドラえもんについて

 これは後述しますが今作のドラえもん映画においていいたいことなんだろうなと思いました。「ここにあるものは誰かの努力の結果で編み出されたものである」。便利な道具に頼っていても、大本のそれについてのリスペクトを忘れないというのはいいことですね。お祭りのシーンがカットされて教育的な部分になっているのはよかったですし、ジャイアンたちが文句言いながらしずかちゃんとこいって、ああ俺達も手伝わなくちゃ、というのはとても良かった。

「俺達が今こうしてあるのは誰かのおかげ」という流れになっていてうまいなあと思いました。

 

・ギガゾンビという存在の怖さ/強さ

 ギガゾンビといえばどうやってもドラえもんが勝てない存在です。一人では勝てないからこそ仲間たちで、というシーンも実に納得。

 この作品においてのコンセプトで、「偽物の歴史が本物の歴史に勝てるわけがない」というものがつめ込まれている気がします。

 正直ギガゾンビのやっていることは時空犯罪甚だしいですが、ドラえもんたちも非常に危ない橋を渡っているんですよね(笑)タイムパラドックスといいますか、行動が誰かに影響して、未来を変えてしまう。もちろんこれはセワシくんが解説していて最終的に影響がないのさ★というぐらいならいいというのがドラ作品の認識だと思うんですけどね(あんまりマニアじゃないから分からないけれど)そういう意味でも「どこまでがダメでじゃあどこまでならいいのか」っていうことを日本誕生は描写しているのが旧作新作でも一緒な気がします。

 ちなみに最後のシーンでぶつかり合うわけですが、あそこで本気で「あっ……スター・ウォーズ…」とちょっと思ったのは内緒です。ああいうSFちっくなところってなぜいつもちょっと高いところでのバトルなんでしょうね。ドラえもんvsギガゾンビのシーンワクワクしました。

 そしてどうやっても勝てない恐怖感・強さみたいなのがあってやっぱギガゾンビってドラえもん映画の中でも「勝てない」存在だったなあとつくづく思います。

 

・ペガグリドラコとのび太とのやりとり

 「お母さんだ」という言葉は前述したママとのび太を重ねる印象です。

 ぼくのせいだ、と悩むところもちょっとママと重なりましたね。追加されていたシーンといえば一緒に寝るシーンなどが印象的です。あそこでより3匹とのび太の親子感が出ていたというか。最後のシーンが本気で泣かせに来てて悔しい絶対泣くだろ?なくだろ?という描写なのにうっかり泣いている自分がいるぞ!(笑)となったり。

 

★ここは直さないで欲しかったよおおおおってところ

・神かくしの解説がごっそり減っている

 日本でもある「神かくし」についてですが、旧作だと世界中でも起きているという謎の現象です。個人的にはあそこのシーンの薄ら寒さみたいな恐怖感が好きだった(何年のどこどこで、誰々が一気にいなくなった、というやつ)ので、減ってて残念でした。

 

・ツチダマの声がリアル感あふれている

 いやしょうがないんだしょうがないんだけど!でも!やっぱり!!

 ツチダマの正体を考えると電子音的な加工された音でもよかったのではないかと思います。

 手向かうもの、歩かぬもの、殺して先を急げ……というあの台詞がやたらと記憶に残っていて、得体のしれない存在感があった印象なだけにちょっと残念だったかな。なんか、中ボスとして印象にやっぱり残るキャラなだけにね。

 

・タイムパトロールの出番が少ない&無能っぽくなってしまっている

 これすごく不満です。

 ぶっちゃけそれのためだけに記事書いています。

 旧作では、タイムパトロールすげえ!というワクワクと驚きがあっただけに…。

 もちろんペガたちが助けてくれるシーンとしてでもよかったんですが、あのマンモスとしての潜伏があったからこその「きちんと把握はしていたが乗り込むのに物的証拠(場所の確認)が必要だった」という介入できないからこそのお役所感があってもよかったんじゃないかなあと思います。

 そもそも、あの雪の中だったら普通に考えてのび太くん死んじゃうよ…。エヴェレストでの阿部寛みたいになっちゃうよ……(笑)

 岡田准一に見つかっちゃうよ……!!!だってあんなあの状況下で衰弱してたのに雪耐え切れるわけないじゃん!とか。ちょっとうっかりエヴェレストを見た後だったから思ったりしたり。

 

 ギガゾンビが強くて勝てない・でもククルの「本物の歴史」があったからこそできるというもののために削られてしまって無能になっているように見えて残念でした。

 ドラえもん映画の今作ではxx大臣、のシーンもあったんですが「適材適所」というものがありました。そういう意味で、大人であるタイムパトロールに関しても適材適所としてしょっぴくだけの存在じゃなくて、全部をのび太たちに背負わせるんじゃなくて、彼らに任せられる部分は任せても良かったんじゃないの?と思います。

 今回の「倒した後に来るのかよ!」は正直、時空犯罪者に対して時代変化起こりまくってしまうんじゃないかと…。

 そうそう都合よく行くより伏線として見えないところで助力するマンモスとか……なんかこう…うまいこと出てこないけど、あったんじゃないかなあ…と思います。

 

 後女性率高すぎてもう一人くらい男性いてもいんじゃね?!とも思ったり。

 (追記:これについてはT・Pぼんのオマージュだったそうです。これを機会に読んでみます!)

 

・かぶを食べるシーンで仲間たちがハラハラするところ

 皆で食べるシーンの時のび太くんだけそのまま食べるわけですがあそこもうちょっと細かくしてあげてもいいのに~って思いました。「あっ」ぐらいのワンカットでいいから……。

 

・翻訳こんにゃくお味噌味が違う!

 玉こんにゃくになっている…だと…!!(笑)

 多分今作で一番衝撃を受けた変化。えっ翻訳こんにゃくが醤油味になった……え?え?と私は混乱していました。翻訳こんにゃくおみそあじ、というゴロがすごく好きだったので残念というか「あれ?!!」と一番なったポイントでした(笑)

 

まとめ

声優さんや絵柄のチェンジについては特に私は不満はないです。

というか、仕方ないことだったんだろうなと今でも思います。もちろんどっちが好き?と聞かれたら自分のなかの思い出にある大山さんたちは特別なものです。ドラえも~~~んの叫びからの あんなこといいなできたらいいなのイントロにはいるのとか凄くやっぱり思い出のなかにあって、ああ違うんだ、と寂しくもなりましたが、新ドラはちゃんと好きです。ひみつ道具博物館も好きでした。見に行きましたよ、ええ。あれもうっかりうるっときたのは内緒(笑)

 

 後山崎まさよしの今回の主題歌めっちゃいいですね。CD欲しくなりました。ドラえもんといえば武田鉄矢のイメージが強いですし、今でも大好きなのは夢幻三剣士の挿入歌なんですが、(少年期も好きです)今回のものはじんわりときます。

 

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まぁそんなこんなで、「日本誕生」が好きだったからこそ、どうなのかな、なんだかな、って思ってたくせに、封切り二日目に足を運び、そして周囲の子どもと一緒にうるうるしていました。

近くにいた親御さんが自分と同じように終わってから見たら目頭真っ赤にして号泣しているのを見かけて「ああきっと同世代」と思いました(笑)

映画のCMで「ママ泣いてた~」ってお子さんの発言に泣くよ!!だっていい話だもん!!と見終わったからこそ思いました。

 

面白かったのは作中も含めていろんなことを子どもたちがツッコミを入れるわけです。映画館ならではだなと。

のび太が「僕が今日から君たちのお母さんだ!」っていったら「おとーさんでしょ!」といったり。

静かに見るよりも思ったことを口にしているところは微笑ましいです。(映画の前の注意事項で「喋るな」という注意に対しても「はーい!」といっていたり、親御さんが多分「シッ!」って叱っていたので余計にね、思わず出ちゃったんだろうなあと。もちろんずっと騒いでるのは迷惑ですが、微笑ましく、そしてちゃんとしてくれたあたりあの親御さん、すごいなあと思った)

 

だけど、スタッフロールになったときに 誰も立ちませんでした。

私は最前列で見ていたのですが、お手洗いに立ったり走ったりする人は上映中いましたが、スタッフロールで目の前を通り過ぎる人は誰ひとりとしておらず、かつ、クライマックスののび太たちとの別れのシーンの時はすすり泣きだけで、他は一切の音がしませんでした。

 

子どもちょう静か。黙って見ている。ドラえもんすげえ!!!

 

映画好きとしてスタッフロールで立たれるのはその制作をした人に対しての敬意を払っていないようで私は好きじゃないんですが(この時感想言い合ってるのもあんまり好きじゃない。最後まで見てこその「作品」だと思ってるので)

子どもたちめっちゃ静かで、食い入るように見ていました。

それはドラえもんという作品のスタッフロールが旧作も新作もですが「その後」をイラストとして描いていて、どんなふうにその後彼らは日常のなかに戻っていったかっていうのがわかるんですよね。

だから皆みちゃう。最後までが「作品」というのはこういうところを通じて見るんじゃないかな、と思いました。

この手法はアニメならではなのかなあとか。昔はNG集とか色々やってたんですけどね。踊るとかはその後の写真とか載ってましたよね。1作目はNG集だったし。そういうの私は好きです。

 

まぁそんなわけで、日本誕生リメイクふざけんなよなんでだよ私達思い出に負けたの?!とか思った私もうっかり大号泣して帰ってきてからTSUTAYAで旧作日本誕生を借りて見なおしてじんわり胸を熱くしたよ、というお話でした。

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